その172

夜中目覚め、目が冴える。居残り佐平次、らくだ、親子酒。風が、木々の上の方でごうごうと音を立てていてよく聴こえない。テントのまわりは無風。気温も下がらない。ぬくぬくしている。

起きる。のらさんは「明け方になるにつれて寒くなった」と言う。テントを出て湖を見ると、その真正面の空がオレンジ色になっている。湖の向こうの森は黒く、湖面もまた黒い。荷物をまとめ、栄養いっぱいのお菓子を食べる。

外に出ると、すでに太陽が顔を出している。陽の光を背にしたのらさんの写真を撮る。

出発。皆は起き出したところ。湖に沿って登り下り。木の根、石の上、砂場。穴を掘って出す。カッパを脱ぐ。森のなかは陽があたらず、体はあたたまらない。湖をはなれ、森のなかのゆるやかな登り。小屋で左利きさん達が休んでいる。パンケーキさんはここに泊まっていて、これから出発するところ。

川沿いをすたすた歩く。湖沿いの道は石と木の根ですたすたとは歩けない。つっかえたり、どたどた歩きになったり。

後ろから迫ってくる人たちがいる。試しに差を縮められないように早足で歩いてみる。あっという間に追い抜かれる(パンケーキさんと俳句さん)。沢の水を汲む。

湖のほとりを抜け、砂利道に出て昼めし。薄平パン、チーズ、落花生バター。さらに薄平パン、チーズ、マヨネーズ。左利きさん達も来て、となりで昼めし。左利きさんは薄平パンのかけらを森に投げ捨てている。ダウンアンダーさんがチューインガムをくれる。万華鏡さんがわたしたちを追い抜いていく。浄水する。ウールティーシャツ1枚になる。

のらさんがすねをすりむいて「痛い痛い」と言う。「2人で歩いてるから痛いって言うけど、1人だとおし黙ってじっと耐えるんだよねえ」「声に出すのはいいことだな。声に出して相手に甘えるってことが必要なんだ」とわたし。

ここから山越え。ゆるやかな登り。「この先はずっと平坦な道だという頭があったから、ちょっとの登りがキツく感じる」「キツいと分かっていると初めからその気でいるから案外いける。特に我々はキツいと分かると、きっと相当キツいんだろうな、とかまえて実際キツい時のショックをやわらげようという傾向がある。で実際には思ったほどではなかった、と言う。しかしその逆はツラい」「今日の道はガイドブック上では平坦だけど、実際はでこぼこで歩きにくい。ガイドブックを見るだけではどんな道かわからないのはこれまでで学習しているはずなのに、皆ガイドブックを見て平坦だから楽勝だと言う」

トレイルからはずれて展望のよいところまで歩く。山のふもとには湖、その向こうにトレイルの終わりの山が見える。おじさん2人組のハイカーたちに頼まれて、山を背にした写真を撮る。「もうちょっとだね、おめでとう」といわれて「そうだね、ありがとう」と答える。これまでは「いやいや、まだまだだよ」と答えていたが、いよいよ終わるんだという気持ちがここにきて強くなっている。栄養いっぱいのお菓子を食べる。マヨネーズをなめる。

下り道。木の根の多いでこぼこ道。川を越え、その先のどこがトレイルか分からず、行ったり来たりする。川は渡らないことが判明、トレイルをみつける。砂利道で休む。橋の下まで降りて行って、川の水を汲む。体が冷える。風景は秋。

この時点で夕暮れ。もともと目標にしていた小屋までまで距離がある。このまま行けば途中で真っ暗になってしまう。テントを張れるところを見つけ次第、そこに泊まることに決めて歩きだす。

右手には果てしなく沢が流れ続け、左手は果てしなく急斜面。木々が茂り、地面はしめっている。道は細く、うねうね。石と根の道でテントを張る場所はどこにもない。気温が下がり、水辺の冷えを感じる。辺りが暗くなり、ザックの奥底から懐中電灯を出し、上着を重ね着する。懐中電灯の光を頼りに歩く。「お腹が満たされているのだけが救いだ」とのらさん。危なく、慣れない状況で、さらに腹が減っていたら悲惨。

暗闇のなかににテントが張られているのが見え、さらに先に小屋があり、焚き火のあかりがみえ、にぎやかな話し声をきく。針葉樹の落ち葉でふわふわな地面のうえにテントを張る。木にロープを吊るすが、吊るした枝が死にかけていてぽきぽきと折れる。太い枝に吊るす。

ツナ入りじゃがいも、チェダーブッロッコリー味ご飯(野菜、大豆ミート入り)を食べ、青汁を飲む。「めしは一気に食べないのがいい。2人で交互に食べるから満腹感が出るんだ」という話をする。気温が下がって息が白い。ご飯をふーふーするとめがねが真っ白。のらさんの懐中電灯を浴びると、懐中電灯の中心がよく見える。食料はほとんど食いつくしているはずだが、なぜか食料袋は重い。

めしを食い終って8時半、同じくここを目標にしていたダウンアンダーさんと左利きさんは来ない。のらさんは水をこす。浄水器は昨日洗ったばかりなのに、もう出が悪い。日記を書き終わって夜更け。