その165

夜中目覚め、眠り、目覚める。おばけ長屋、厩火事、強情灸、親子酒、妾馬、替り目、しじみ売り、うなぎの幇間を聴く。雨が静かに降って止む。

起きる。吊るした袋を慎重におろす。足もとが滑るので。テントの中で栄養いっぱいのお菓子を食べる。ぬれたテントをたたむ。はじめてテント場の周りの風景を見る。昨日は真っ暗だったので。

歩く。登る。ずっと岩登り。「誕生日おめでとう」と言う。苔と木が茂っている。そのすきまの、禿岩が顔を出しているところが道になっている。「人が何人も歩いて通るから、ここだけが土が流れて禿岩が顔を出したんだ」

禿岩ばかりのところを歩く。昨日よりはグリップが効いて滑りにくい。山頂に立つ。ぐるっと見渡せる限りの山と雲海。空はいちめんくもり空、風は吹くが寒くはない。下り。まだ禿岩。慎重に下る。

地べたからいくつもの岩が突き出している道。岩に足を置かないように気をつけるが、油断すると岩のうえですべる。夏場のころの岩道を思い出す。「前のはごつごつととがった岩、こっちはつるつるした丸い岩」とのらさん。岩だけでなく、木の根が張り巡っていて歩きにくい。

わたしは完全に寝不足、昨日よりつらい歩き。「歩きはじめた頃は、疲れがたまってない午前中の歩きが大好きだった。その後で眠れない日々が続いたら、午前を乗り越えるのが大変になった」のらさんも昨日はあまり眠れていない、疲れが取れていない。おしゃべりをしながら歩くと楽。ちいさい家に住みたいとか。

大きな犬が向こうから走ってきて立ち止まり、ウウウとうなる。さらに2匹やってきてわたしたちに突進する。わたしたちのまわりをぐるぐるとまわる。くんくんと身体を押しつける。飼い主が後からやってきて「フレンドリーなんだけど。ときどきフレンドリーすぎる」と言う。

なだらかな明るい森の道をさくさくと進み、川原に出る。対岸までワイヤーが張ってある。これを使って渡渉する、ということなのだが、川には石が突き出していて、これをつたって対岸まで渡れてしまう。渡渉する気まんまんでいたので拍子抜け。対岸で休んでいるとハイカーがやってきて、川に架かっている木道を渡っている。木道があることにはじめて気づく。ガイドブックには膝まで水があるところを渡る、と書かれている。今年は雨が少なく、水量が少ない。

昼めし。薄平パン、たっぷりの落花生バター、チーズ。行動食。腰のあたりがちくちくっとして、やがて肌がぼこぼこになる。ハッカ油をぬる。

川に沿って登っては下り、登っては下り、それから平坦なのどかな道をゆく。また川原、ワイヤー。しかしまた石と倒木をつたって渡る。クラッカーを食べる。水を汲んで濾すがなかなか濾せない。フィルターが詰まっている。時間がかかってわたしはがっくりと疲れる。

川とさよならをして森歩き。のらさんとおしゃべり。ハイカーの皆さんが家に遊びに来たら、何を作ってもてなすか。森はじっとりとしめっているものの、平坦でどこにでもテントを張れそう。

夕方、町におりる手前の砂利道脇にテントを張る。シェルパさんとポーターさん夫妻がやってくる。ポーターさん(奥さん)が大きな声でしゃべり通しで、遠くからでもわかる。

気温が高く、蚊が飛ぶ。のらさんがめしをつくり、わたしは木にロープをかけ、荷物をテント内に放り込む。ツナ、オリーブ油、クリスピーチーズ入りじゃがいも、鶏味ご飯(オリーブ油たっぷり、昨日買った乾燥野菜入り)。野菜は特にセロリの風味がすばらしく、1ランク上のご飯になる。青汁を飲む。うひょひょひょという鳴き声、うぉ~んというかん高い吠える声を聞く。

靴下の穴が大きくなり、そこの肌がよれてマメのようになって痛い。この靴下で歩くのは今日で最後。のらさんがラベンダー油をぬってくれる。キネシオテープをはがすと、その周りの肌もぼこぼこで、のらさんがラベンダー油をぬってくれる。