その164

夜中、目覚めて志ん生を流す。すぐ眠る(最近は決まって「黄金餅」と流すが、聴けたためしがない)。また目覚め、雨の降る音を聞く。普通に降っている感じだが、テントにはそれほど落ちてこない。のらさんも目覚めていて雨音を聞く。

目覚める。のらさんが気持ちよさそうにすうすうと眠っているので起すのをためらう。早めにカヌー乗り場に着きたいので起こす。雨は降っていない。食料袋をおろす。ゴミ袋をかけていたから中身はぬれず。ぬれたテントをたたむ。行動食を少し食べる。

あたらしくつくりかけの道。木材を並べて無理矢理つくったような池のほとりの道。細かい起伏が連なる川べり道。黒光りしている岩ですべる。木の根ですべる。わたしは木の根を避けて着地しているつもりなのだが、針葉樹の落葉の下に木の根が隠れている。川から離れて登り坂になり、やっと歩きやすくなったと思うと、またすぐ川が現れてがっかりする、というのを繰り返す。

途中、針葉樹林帯で穴を掘って出す。雨はぽつりぽつりと降っていて地味に強くなる。カッパを着るがすぐに止む。

大きな川が見えてくる。対岸でカヌーの準備をしている人が見える。わたしたちは一番乗り。そのあとに続々とハイカーがやってくる。カヌーに人が乗ってこちらに向かってくる。何かの書類にサイン、ライフジャケットを着、カヌーに乗り込む。カヌーのおじさんは渋く、ほりが深く、スティーブ・マックイーンに似ている。のらさんが真ん中、わたしが先頭。わたしはパドルを持ち、でたらめに漕ぐ。おじさんがかじを取る。対岸の船着き場にぴたりと着く。

川べりにすわり、栄養いっぱいのお菓子を食べる。次の人がカヌーでこちらにむかって来る様子を眺める。北から来たハイカーが、すぐ近くに車道があって、ハンバーガーの朝食が食べられところがあるよ、と教えてくれる。わたしたちはパンケーキを逃したので、即座にハンバーガーを食べることに決める。

車道を歩く。車が止まってお姉さんに「乗ってく?」と言われるがすぐ近くに食堂があるはずなので乗らない。しかし食堂はなさそうで、来た道を引き返すと、カヌーで渡ってきたハイカーたちがやってきて、わたしたちは道を間違えていたことが判明。

朝食が食べられる宿に着く。ぱっと見は、こじんまりとした普通の住宅。庭には小さな犬が2匹。アンソニー・ホプキンスに似ている、にこにこしたおじさんと、似たような風貌だがもうちょっと渋い雰囲気のおじさんが出迎えてくれる。他の人がハンバーガーを3つずつ頼んでいるので、わたしも3つ、のらさんは2つ頼む。台所はアンティークのもの多し。おじさんたちがハンバーガーをこしらえる様子を眺めながら、またはポーチで犬が鳴く様子を眺めながらコーヒーを飲む。

出てきたバーガーは小ぶり。パンがすでに肉汁で染まっている。トマトは厚切り、レタスははみ出し放題。かぶりつきやすい大きさ。手は肉汁でべとべと。さらにコーヒーを飲む。味付けされているクスクス、乾燥玉ねぎ、人参、セロリが売っていたので買う。

たっぷり休んで出発。ゆるやかな登り。ハンバーガーを食べたおかげで大変気分が良く「ここからがんばって歩くぞ」という気分。のらさんも体調良く、にぎやかに話しながら歩く。「今日食ったバーガーはこれまで食ったなかで一番うまい。大きいのより、小ぶりなサイズがいい。肉汁で手がべとべとになるのもいい。帰ったら、めしを手で食べる日というのをつくろう」

小屋で休み、クラッカーを1袋ずつ食べる。肉汁たっぷりのものを食べたせいかあまり腹はすかない。急な登りになる。たんたんと登る。長く急な登りは久し振りで気分良し。山頂に近付くにつれ、つるりとした大きな岩がふえる。ぬれていてグリップは効かない。空は明るくなり晴れ間がのぞく。山頂で休む。のらさんは汗びっしょり。

わたしは岩でつるっと滑って転ぶ。左のふくらはぎの下、横尻の骨の部分、肘を強く打つ。ちょっとの間動けず。ここから大変慎重に岩道を下る。今までさくさく歩いてきたが、がくっとペースが落ちる。相変わらずおしゃべりしながら。食事やビールはぬるいくらいが味がわかっていいとか。ガレージに住みたいとか。

下り坂、岩はしぶとく出てくる、なくならない。ずい分と下ったところでやっと歩きやすくなり、さくさく歩くが疲れがたまっている。休み、沢の水を汲む。岩が黒く、水まで黒光りしているようである。池沿いに砂利道を歩き、川を石づたいに越え、なだらかな道をがしがしと歩く。目指すテント場はまだ先、途中で真っ暗になったらそこで行き倒れる予定。

辺りは次第に暗くなる。空を見るとまだ明るいのだが、森のなかは暗い。やがて空も暗くなってきて、いよいよ足もとが見えなくなる。トレイル沿いは草木が茂っていて地面がじっとりとぬれている。懐中電灯をつけて歩く。わたしの懐中電灯は光が弱い。のらさんの光がわたしの正面にわたしの影をつくる。ペースを落とし、足もとをみながら、たまにテント場がないか、看板がないかを見ながら歩く。日が落ちてから歩くのは初めて。新鮮な気分。トレイルの目印が白く光る。「白は反射するんだ」とのらさん。暗がりが続き、のらさんは少し神経質になる。獣臭がする。

しばらく行くと横に道があるようなので目をこらすと「便所」の看板あり。さらに行くとハイカーがいて「あっちが小屋、ここがテント場」と教えてくれる。のらさんがテントを張り、わたしがロープを吊るす(足もとに滑る石と小川)。薄平パン、落花生バター、チーズを1枚ずつ。やはり肉汁のおかげか、それほど腹は減っていない。

気温は下がらない、蚊がいる。テントに入る。ダウンジャケットは着ない。ひょっひょっひょっと虫が鳴く。他にも色々な動物が鳴く。森がにぎやか。