その157

夜、寝つき悪し。段々と暑くなってきてダウン上下、ウィンドジャケットと靴下を脱ぐ。志ん生のたいこ腹、まんじゅうこわい、付き馬。雨が降って止む。のらさんは寝袋から出ている。わたしは出ない。夜更け、鐘の音(でかい)を聞く。そのあとはたぶん聞かない。

明け方、起きる。他のハイカー達も起きだしている。

食料品店に行き、アルコールがないかと聞くと、ちょうどそこにこの町で宿をやっている人がいて、車につんであったアルコールを売ってくれる。薄平パン、ミックスナッツと溶けないチョコレートを買う。となりの食料品店に行き落花生バターとペパロニ(自家製?ラップに包まれている)を買う。

テントをたたみ、荷をまとめる。レストランに行くと何人かのハイカーがすでにいる。アーカンソーさんがコーヒーを飲んでいて、同席させてくれる。わたしたちもコーヒーを飲む。わたしは久し振り。

アーカンソーさんはじゃがいもとベーコンがっつりのハイカー飯+フレンチトーストを頼んでいて、それがアーカンソーさんの小柄な体に似合わなくておかしい。のらさんはグリークオムレツ(オリーブ、ホウレンソウ、山羊の乳チーズ)、わたしは牛肉たっぷりのオムレツを食べる。オムレツは具を薄焼の卵で包んだもの。

アーカンソーさんは定年退職した旦那さんと山あいの小さな家、広い庭に住む。ニワトリを20羽飼っていて名前がつけられている。この山域の歩きは苦しいと言う。わたしたちは「これから徐々に楽になるから」と励ます。彼女はわたしたちの飯代を払ってくれるというので甘える。

この町の宿の車が丁度トレイルの入口まで行くから、というので乗せてもらう。アーカンソーさんも一緒に乗り込む。彼女はトレイルに戻るわけではなくて、宿でもう一泊するとのこと。宿のおじいさんは車を運転しながら、ジャッカルーさん(11年前にこの道を歩いた日本人)の話をする。アーカンソーさんは相当参っていて「普段は炭酸水を飲めば元気になるんだけど、今回は飲んでも元気が出なくて、シャワーを浴びてもダメで、アイスクリームを食べてようやくちょっと気分が良くなった」と言う。

トレイルの入口では大雨。おじいさんがゴミ箱の袋を換えているので手伝う。車を見送ってからカッパを着込む。送迎代を払い忘れたことに気付く。

森に逃げ込んだ方が雨に打たれなくて済むと、準備体操なしで歩きはじめる。体をほぐすつもりで、ゆっくりと登る。雷が鳴る。急坂だが、足もとはすべりにくい。ゆっくりなので息も切れない。汗もかかない。しかし、のらさんはもうカッパのなかまでぐしょぬれ。今度はカッパのズボンが機能していない。中のズボンがぬれ、そこからシャツのすそから水を含み始めて、結局全部ぬれる(カッパの袖からも入ってくる)。雨は徐々に小ぶりになってきて空が明るくなる。山頂につくまでおしゃべりをしながら歩く。

山頂まで休みなく歩く(わたしは気持ち良く歩き、のらさんは「寒いから立ち止まれません」と言った)。雨が止み、カッパを脱ぐ。カッパを脱いでいだあとの体のかろやかさを楽しむ。

向かいからラリーバードさんがやってくる。彼女と会うのは四か月ぶり。

靴のなかはすでにずぶぬれ、水たまりもじゃぶじゃぶ歩く。木の根でよく滑る。丸太の木道に足を乗せたら木がぐるっと一回転して足を泥につっこむ。

休憩してキネシオテープをはがす。レストランでもらったクッキーを食べる。べたべたに甘くなく、ほどよい甘さ、ほどよい硬さでとてもおいしい。今まで食べたクッキーの中で一番おいしい。「やはり北の方は食べ物がおいしいのだ。南は大味なのだ」

止まっていて体が冷える。カッパを着て、そのまま歩きはじめる。青空と太陽が顔を出すが、風が強くて体感温度は低い。ハゲた岩山を歩くことが増え、そこでもろに風を浴び続ける。赤い苔あり。「苔も紅葉するんだろうか」白いもふもふの苔もあり(これは岩の上に生える)。

しばらく風のなかを歩き続けて、小屋に着く。大鳥さんと若い男性ハイカーがいる。わたしは便所で太いのを出す(たくさん食べているのでどんどん出る)。便所の扉には鍵もなく、手で押さえる取っ手もなく、全開になる。石で押さえる。のらさんが薄平パンのチーズ・落花生バター巻きをつくってくれていて食べる。行動食も食べる。

吹きさらしの岩のうえ歩き。風がいつまでもごうごうとうるさいし、体は冷えていく一方で、だんだんうんざりした気分になる。手袋をする。雷鳥が2羽とことこと歩いていく。「エリマキライチョウというのだ」と大鳥さんが教えてくれる。

岩みちを抜け、森に入ってしばらくすると今度は岩場と木の根の急な下り。石や根を手で押さえつつ、ゆっくり下る。こうなると俄然ペースが落ちる。最近はこのような道がたまに出てくるので、予定が立てづらい。

砂利道を越え、キャンプ場に着く。木に紐をかけ、テントを干す。川で水を汲む。靴下をごしごし洗い、しばらく川に浸しておく。臭いはとれない。「玉ねぎと同じで、浸しておくだけではダメなんだろうか」足を洗う。足はぬるぬるしている。

テント場に戻り、ダウンを着込む。テントを立てる。足を乾かし、靴下をはく。

夕めし。じゃがいもとペパロニ(お酢が効いていてピクルスのよう。おいしい)。鶏ブロッコリー味ご飯(お茶漬けの味わい)。わたしの懐中電灯が突然つかなくなる。前の町で電池を変えたばかり。

食料袋を木にぶら下げ、日記を書く。風は相変わらず吹き荒れ、気温は低く、のらさんは久し振りにダウンパンツをはく。