その154

夜中、寒くない。ダウンを脱ぐ。ぐっすりと眠る。目覚ましで起きる。真っ暗。着替え、荷をまとめ、テントをたたむ。トレイルの真ん中で栄養いっぱいのお菓子を食べる。とりあえず人に迷惑をかけなかったことに安堵する。

歩く。夜は明けかかっている。東の空が赤くなり、やがて森が金色に染まる。リスがぎぎぎぎぎ、と鳴く。「この野郎」とわたしは言う。わたしはリスの姿を見たり鳴き声を聞いたりするとののしるクセがついた。食べ物の恨みは大きい。

このところ、わたしたちが近付くとすぐぎぎぎ、と鳴くので、そこらじゅうでこの鳴き声を聞く。「警戒しているのだよ」とのらさん。「神経質になる季節なのかもしれんな」とわたし。

岩場の登り下り、苔と木道のぐじゅぐじゅの森の道、山頂付近の吹きさらしの岩道、木道。「いつまでもこの繰り返しだ」とのらさん。午前、州を越える。テント場になっている。

吹きさらし地帯に出ると今歩いてきた山の姿がよく見える。緑でおおわれているが、ところどころハゲていて、そこが急な岩場になっていることがよく分かる。「よく歩いて来たもんだ、と見るたびに思う」とのらさん。ギシギシバッタがのらさんに突撃してきて「ぎゃあ」と声をあげる。のらさんはこの突撃を今まで何度か受けている。

岩はぬれているものが多くつるつるとよく滑る。わたしは何度も転びそうになったり、滑り落ちたりする。大きな岩場では、のらさんの足が地面に届かず、わたしが足とお尻を支える格好になる。

わたしは朝から両膝が痛い。特に右足。昨日歩きおわりの頃から突然痛みだした。はじめて膝バンドをする。右膝が痛むのはしばらくぶり。両足首も痛い。これは体重を支えている負担から痛みだしたもので、キネシオは助けにはなっているものの、それで痛みが和らぐわけではない。

トレイル沿いにある小屋で休憩。下ったところにある水を汲む(黄色い)。小屋の床に腰かけて昼めし。薄平パン、チーズ、落花生バター、行動食をぼりぼり(今回のは豆が少ない。大きな干しブドウとクルミが入っている)。向かいでめしを食っているポーターさんとシェルパさんと話す。便所で出す。

膝にハッカ油をぬり込み、膝バンドをして歩きだすが、やがて膝と膝の下がしびれるように痛くなってきて力が入らなくなる。ほとんどぶらぶら状態。膝バンドをはずすと良くなる。キツく締めすぎていたのが原因。ハッカ油は涼しくなって気持ち良し。

下り坂の途中から巨大な岩場の連続になる。大きな、角のある岩がでたらめに積み重なっていて、それをよじ登ったり、飛び移ったり、下をくぐったり、岩の斜面やとがっているところをそろりそろりと歩いたりする。岩場の横に生えている木や、岩にはりついている根っこに足をかけたり、手でつかんだりして進む。のらさんは岩から下りる時の着地に失敗して(足が届かず)、そのままずるずる滑って岩にはさまれるような格好で倒れ込む。

岩の下をくぐり抜けるところは狭く、ザックをおろさないと抜けられない。ザックを手渡しして抜ける。ここは岩をくぐり抜けろという意味の矢印があったのでそれに従ったのだが、岩の上にも通れる道があったことが後で分かる。そっちの方が楽そうに見える。またくぐり抜けの矢印があり、今度は無視して上の道をゆく。

わたしはやらない方がいいのに横着をして石と石をとび移る。のらさんは別のルートを選んで堅実に進む。

2時間くらいこの岩歩きが続く。岩をとび移ったり、変な格好で体を支えながら岩を下りることが多いので、膝と足首に負担がかかるものの、休み休みだったり、次はどのルートで進むかと考えながら進むので、その間に体は休まってあまり痛みは増さない。

岩の道が終わったところに広いテント場がある。ポーターさんたちに追いつく。休む。先の小屋に進むか、ここでテントを張るか悩む。昨日と同じく、まだ時間が早いから先に進みたい。しかし両膝と両足首が痛く、のらさんも「かなり膝にきている」と言う。加えて先の小屋は有料で、わたしたちからすれば不満の多い、この山域の管理団体にお金を払いたくない。というわけで、ここで泊まることに決める。

テントを張り、下ったところにある川で水を汲む(黄色くない)。帰り道、小川に足をつっこんでぬらす。膝をもむ。その後でのらさんがわたしの足首と膝にハッカ油をぬり、よくよくもんでくれる。ツボを押されるととても痛い。「イタイイタイ、キモチイイ」と言う。瘋癲老人の真似。

夕めし。腹が減っているのと、荷を減らしたいという理由からたっぷりと食べる。じゃがいも、らーめんとご飯(味は昨日と同じ)。岩場地帯を抜けたハイカーがぼつぼつと到着する。明るい森を眺めながら、ゆっくりと過ごす。近くでリスが走りまわる。

まだ明るいうちにテントに入って日記を書く。となりでのらさんが眠る。テントの入口付近に突進してくる生き物がいる。こっちからばん、とテントを叩くとまた突進してくる(たぶんリス)。