その149

夜中、目覚める。志ん生を流しては眠り、目覚め、流しては眠る。まどろんでいる時間が長い。足もとが寒い。地面はななめでのらさんの方に転がる。のらさんにくっつく。明け方、眠る。目覚ましで起きる。東の空が赤い。テントのなかで栄養いっぱいのお菓子を食べる。テントをたたむ。他の人たちも起きはじめている。

歩く。山小屋までの登り。山小屋では食事中。ほとんど全部のテーブルが埋まっていてにぎやか。便所を借り、水をもらう。アイウォックスさんたちが来て、別れのあいさつ。

出発する。がれきの山の登り。緑色のサンゴのようながれき。グリップが効く。眼下には雲海。すきまから町が見える。青空になり昨日歩いた稜線がくっきりと見える。たまに雲に隠れる。一歩ずつ石を伝って歩くのでなかなか前に進まない。ポールは石と石の間に挟まってしまうので使えない。

登りがおわって長い下り。岩の陰で休み、クラッカーを食べる。朝からお腹が減っている。下り坂の先に小さなピークが見え、そこに辿り着くとその先に次の小さなピークが見える、というのが繰り返される。やがてがれき歩きがおわり、森林限界がおわり、木々のなかを歩く。風がなくなり、あたたかくなる。

激しい岩場の下り。まだ9時半だというのに、わたしのお腹はかなり空いている。今日は途中に峠道の食堂があるので、そこに着くのを楽しみにしている。休憩し、薄平パンの落花生バター巻きを食べる。長い下りを終えたあと、小さなアップダウン、川をいくつか越える。のらさんのペースがあがらない。「力が入らない」と言う。

車道を越えたあと、とてもなだらかで石がなく、まっすぐの気持ちの良い道をさくさくと歩く。夏前にこんな道をよく歩いていた気がして、懐かしい気分。「あの頃は気ままにあるいて気ままにテントを張れた。ここは楽しいけど観光地すぎる」

峠道のビジターセンターに着く。食堂はやっていないと言われる。壁にかかっているメニューを見て、サンドイッチとサラダを食べようと決めていたからがっかりする。外のベンチでタイカレー風味の煮込みご飯をつくって食べる。

芝生にテントを干す。のらさんの帽子やわたしのズボンが、日にあたってごわごわになる。布地が厚くなったよう。「汗や垢をたくさん吸っているから布地が厚くなったような感じがするんだ」
売店でクッキーのアイスと、のらさんはチョコレート、わたしはビーフのサラミを買って食べる。行動食用にナッツとコーティングされたチョコレートを追加。

歩く。車道近くを流れる川の水がとても澄んでいる。池のほとりをしばらく歩いたあと、岩場の激しい登り。トレイルの目印がほとんどなく、道を探しながら登る。がれきの登りから、一枚岩のほとんど垂直に近い登り。わたしは体が重くて持ち上がらない。のらさんは足に力が入らない。

向かいの山並みがくっきりと見える岩場で休憩。「ここの団体はなってない。荷物は届いてないし、レストランはやってない。レストランがやってない時の兄ちゃんの対応もなってない。殿様商売気質」とのらさん。

今日は山小屋に泊まる予定でいた。山小屋の晩めしの時間が決まっていて、それまでに辿り着くのは無理だということがこの時発覚する。これが最後の山小屋で、もうその後にはない。のらさんは「いっぺんは泊ってみたい」と言っていたので、申し訳ない気持ちになる。

ここからさらに登り、ゴンドラの乗降口に出る。先ほどの峠のあたりからのゴンドラがあるのだ。スニッツェルさんがゴンドラに乗ってやってくるのが見える。「ズルしたな」とわたしたちは囁き合う。それからまた岩場の登り下りが続く。ブレイズも道標もないのでどこを歩いているのかよく分からない。のらさんが穴を掘って出す。

途中でトレイル脇にテントを張れそうな場所をみつけ、そこにテントを張る。水がないので暖かいごはんをつくれない。薄平パンに落花生バターとツナを巻いたものを食べる。この組み合わせは初めて。お互いを殺しあっているのか、何を食べているのかよく分からないような味。しかしおいしい。栄養いっぱいのお菓子を食べる。

食料袋を吊るす。となりの木が近くて、そこからリスが飛び移れそうな気がするので、食料袋にビニール袋をかぶせる。のらさんはまた出しに行く。「ナッツをたくさん食べたから」

急激に気温が下がる。テント内で足を組んで日記を書いていると、昨日夕方転んで力の入った足首が痛む。のらさんは左足の裏の一カ所が赤くなっている(はれてはいない。痛くもないと言う)。のらさんの懐中電灯を借りて日記を書いているあいだ、のらさんは眠っているが、書き終えると起きてわたしの足をもんでくれる。今日はコーヒーを飲んでいない。枕を使ってみる。これで眠れることを期待する。どこからか、ドラムかベースの重低音が響いてくる。大きな音で音楽をかけているようである。