その60

夜中、また胃から逆流しようとしている。唾液を飲み込んでいるうちに収まる。お腹がごろごろする。暗闇のなか穴を掘って出す。

明け方、暗いうちに目覚める。が、ふたりとも眠い。疲れが取れていない。どうする?と言ってまた寝ることにする。

明るくなってから起きる。テントをたたむ。穴を掘って出す。ものはゆるい。

歩く。栄養いっぱいのチョコレート菓子を食べる。

晴天。涼しい風。またお腹がごろごろしはじめて、穴を掘る間もなく出す。その後でとなりの地面を掘って、その土をたっぷりとかける。

水が残りすくないのでちびちびと飲む。車道に出たところで、止まっている車の人から甘い炭酸水をもらう。車の持ち主は女性で、となりにいたハイカーの男性は彼氏。彼氏は所々で彼女からのサポートを受けながら歩いている。

車道沿いの小川で水を汲む。りんごとシナモン味の麦粥。薄平パンにチーズと落花生バター。

今日はきつい登り坂が続いても、ほとんど汗をかかない。爽やかな気分。「今日はだるくない。歩いてても楽しい気分しかない。なんでだろう」と言うと、「湿気が少ないからじゃないの」とのらさんが言う。「昨日の夜ずっと吹いてた風が湿気を吹き飛ばしたんだよ。湿気が多いと汗で濡れた服が全然乾かない。水分のいきどころがないからね。今日はすぐ乾くよ」「そうだったのか。湿気というのはそれほど大変なものだったのか」わたしは唸る。

川を石づたいに渡る。川の水量が増えて、石はほとんど水没している。水が靴のなかに染み込む。大きな木が何本も倒れてトレイルを塞いでいる。木をまたぎ、木と木のあいだをかいくぐって進む。ぬかるみの道。

何度か飛び越えた川は合わさって、次第に大きな流れになっていく。それとともに音も大きくなる。話す声が聞き取りにくいほど。茶色く濁った沢の水を汲む。浄水器で濾して飲むとふつうの味。

登り坂になり、川が次第に離れていく。緑が深く茂っているなかを細いトレイルがうねうねと続く。

テント場を探しながら登る。標高が低いと草木がぼうぼうだし、虫が多いから駄目。標高があがれば草木は減り、テントを張れる空間が増えるはず。と考えつつ登るが、登っても登っても草は生い茂ったまま。登り坂はいつまでも続き、ますます急になり、わたしの左足のアキレス腱がぴきぴきと痛みはじめる。

急坂の途中で力尽き、草むらの斜面に強引にテントを張った後がいくつか。しかしわたしたちの2人用テントはどう頑張っても張れない。もうすでに半日以上歩き続けていて、ふたりの疲労もそろそろピーク。やがて山頂につくが、ここもやはり草ぼうぼうである。

山頂を少し下ったところにいくらか平らな場所があり、幾つかのテントが見えた。わたしたちもこの辺で張ろうと、草むらを歩き回る。
枝の多い木々、背の高い草に囲まれた、暗くじっとりとしたところに決める。草を抜き、湿った枝をどかしてテントを張る。地面の土がじっとりと柔らかく、ペグがすぐ抜ける。

食糧袋を吊るすロープを木に掛けにいく。投げた石が、高いところの枝に引っかかってしまって外れない。石はがっちりと固定されてどうやっても動かない。石に結びつけてあるロープはこれからも必要なので回収しないわけにはいかない。
木に登り、長い枝を使ってがっちり固定されている石をつつく。それから下に降りて渾身の力を込めてロープを引っ張ると、石が外れて凄いスピードでわたしに向かって飛んできて、腹に当たって落ちた。

他のハイカーが焚き火をしているすぐそばでご飯をつくる(火がないところには虫が多すぎる)。潰したじゃがいもとチーズを薄平パンに巻いて食べる。霧が出はじめる。食べ終わって食糧袋を木に吊るすとすぐに辺りは暗くなった。

寝袋に入る。じめじめした、柔らかい地面の感触。ペグが抜ければテントが崩壊するから、テントに触れないよう、注意ぶかく動く。居心地のいい場所ではない。