その174

夜中、目覚める。雨の音がする。のらさんが外に干してあった手袋を取りに行く。わたしは小便に行く。のどが渇いている。水をのむ。バラカンさんのラジオ番組を聴く。キネシオテープがかゆい。靴下を半分脱ぐ。ぽりぽりとかく。かき続ける。あつい。ダウンパンツを片方だけ脱ぐ(両方脱ぐと、はき直すときめんどうなので)。そのままの状態で眠る。

目覚ましで起きる。真っ暗。まだ右目が痛いのでまた目薬をさす。荷をまとめ、テントをたたむ。わたしの懐中電灯は電池がなくなりかけている。光がとぼしい。便所があるのだが、のらさんはその辺で穴を掘って済ます。

ダウンジャケットを着たまま歩く。いまだ真っ暗。砂利道に出ると風が冷たくこごえる。体が冷える。帽子がないことに気付く。テント場に忘れたと思って引き返すと、道の真ん中に落ちているのを見つける。

薄暗がりの林道をとぼとぼと歩く。レジスターのあるキオスクに着く。ここから国立公園にはいる。レジスターと、テント場の欄に名前を書く。ここにレンジャーが来るはずなので、待つ。森に入って、穴を掘って出す。パンケーキさんが来る。甘々パンを食べる。パンケーキさんは湯を沸かし、麦粥とコーヒー。レンジャーは姿を見せず、あまりに体が冷えたので歩き出す。

森のなかの、きれいに整った真っすぐな道。やがて川が出て、川沿いに歩く。川は次第に細くなり、はじめは静かだったのが激しい流れになる。ダウンジャケットを着たままのせいか、体が重く、すたすたとは歩けない。ゆっくりと進む。

休憩するが、まだ体はあたたまらず脱げない。何も食べない。わたしは昨日の甘々パン、バーガー、甘々クッキー、今朝の甘々パンで久し振りに砂糖にやられて気持ち悪くなっている。

森はすっかり明るくなって、雲が多いもののその間から太陽が顔を出す。行動食を少し食べる。川のごうごうと流れる音を聞きながら歩く。やっとダウンジャケットを脱ぎ、そのあとにウィンドジャケットも脱ぐ。また川に出て、川を渡る。わりと激しい流れ、ぬれた石伝いに、わりと緊張しながら渡る。川の水は澄みきっている。

森ではリスが駆け回る。わたしたちの目の前で立ち止まってきょろきょろしたり、すごい速さで駆け抜けたり、松ぼっくりをくわえていたり。川沿いの林の中で鹿を見る。角はまだ生えたばかり、袋をかぶっているような状態でちょこんと頭にのっている。川からばしゃばしゃと大きな音がして、のらさんが.「ムースがいるよ!」と叫ぶ。黒いぬめっとした胴体が川から大急ぎで岸にあがるのが見え、そのまま草むらに消える。あとからはめこんだようなオレンジ色の角が見えた。

川沿いの道を抜け、森のなかを歩く。苔の道、木道。駐車場、整備された芝生。ここが山の登山口になっていて、この山のてっぺんまで行くとそこがトレイルの終わり。今日はここでキャンプをし、明日山に登る。レンジャーのいる木造の小屋にてキャンプ場の許可証をもらう。料金を払う。

しばらく砂利道を歩いてキャンプ場に着く。地面はでこぼこかじめじめで張れる場所がない。どこからどこまでがキャンプ指定地なのかも定かでない。比較的まともなところを見つけてむりやり張る。パンケーキさんもいて、彼もむりやり張っている。

でこぼこの地面に座り、昼めし。食パンに落花生バターをぬる。チーズ、とうもろこしスナック。この食パンはどこの商店でも見かけたものだが、買って食べるのははじめて。かさかさした、安い味のパン。しかしうまい。何を食ってもうまい。

荷物を持ってレンジャー小屋のある芝生広場まで戻る。日なたに寝袋を干す。ダウンアンダーさん達が到着。屋根のあるベンチで、のらさんは汲んできた水を浄水し、今朝破れてしまったダウンジャケットの帽子部分をぬう。わたしは日記を書く。食べ物を振舞っている人からチョコレートジュースとクッキーとドーナツを頂く。

山からハイカーが降りてきている。彼らはトレイルの終着点に着いた人たち。そのなかにバンダナ君がいる。彼らが送迎の車に乗り込み、トレイルを離れていくのを見送る。

寒くなってきたので夕めしを作る。ミンチ牛肉入りじゃがいも、らーめん(クリーミーチキン味。野菜とわかめたっぷり)。

キャプテンプラネット君、大鳥さん、万華鏡さん、バルー君たちも到着。万華鏡さんの蜂に刺された跡は多少腫れているものの、たいしたことはなさそう。皆、この芝生の近くにキャンプをしている。わたしたちはおやすみを言って、テント場に戻る。

ここにはわたしたちとパンケーキさんしかいない。パンケーキさんは焚き火をしながら静かに飯を食べている。わたしは食料を木に吊るす。専用ケーブルもあるのだが、木に吊るした方が楽だし回収も早くできる。この作業もこれで最後。

小便をしにテントの外に出ると、近くの砂利道で車が止まる音がして、向こうからレンジャーがやってくる。たいへんな剣幕で「今すぐここを引き払え」と言う。森のなかにテントを張ってはいけないと言う。わたしたちはテント指定場に張っているつもりだ、もしこの場所がダメというならはじめからちゃんと分かるようにしておいてほしいと伝える。今度は、誰があんたらに金を払ったんだ、という意味のことを言う。お金を払ったレシートを見せると、とたんに手のひらを返したように明るい表情になって、これがあるならいいんだと言った。初めから悪者扱いされたのは気に食わないが、ルールを守らないハイカーがいるということだ。バラカンさんのラジオを聴きながら眠る。