その147

二度ほど一瞬眠る。その後完全に目覚める。のらさんも眠れず。ラジオ番組を聴く。志ん生をかけるとのらさんはすぐ眠る。大工調べ、鮑のし、天狗裁き、らくだ。遠くから、ごおーっという音がだんだんと近づいてきて、やがてざあざあと雨が降る。止む。靴下は干しっぱなし。木々におおわれているせいでテント内は真っ暗。アボカドをどうやっておいしく食べるかについて考えをめぐらす。腹が減ってぐうぐう鳴る。おならもたくさん出る。眠る。

起きる。眠気がとれない。テント内はぬれている。テントに風を通しつつ、栄養いっぱいのお菓子を食べる。テントをたたむ。

歩く。沢の水で靴下を洗う。車道に出る。近くでクラッチ君とマーフ君がテントをたたんでいる。車通りがあまりにも少ないので、車道を歩きつつ、車が来たらヒッチハイクを試みる。わたしはぬれた靴下を手に持って乾かしながら歩く。風が吹いている。路肩が狭くなるとヒッチハイク出来ない。

しばらく歩きつづけたあとで、やっと1台止まる。物静かなおじさん。この山域の管理団体施設の前で降ろしてもらう。大きな建物。フロントに行くと、わたしたちが前の町から送った荷物が届いていないと言う。まだ郵便局で留まっているかもしれないと言う。のらさんがスマートフォンで荷物の追跡をすると、この近くのホテル内にある郵便局にあるようである。売店でのらさんがカッパを買う。クラッカーを食べる。ストレスのせいかお腹が減る。ゴミを捨てさせてもらう。

この施設の前でヒッチハイクする。駐車場に続々と車がやってくる。車から降り、準備し、歩きだす人たちを眺める。ここからハイキングに出掛ける人たち。向こうからもこちらを見ている。しばらく経ったがつかまらず。あきらめてタクシーを呼ぼうかと思っている時にやっと1台止まる。明るい表情の、太ったおばさん。「ハイカーは助けが必要なことを知っている。けど、通勤の人が多いからなかなか止まらないよね」

ホテルは白くて屋根の赤い、大きなお城のような建物。内装も豪華で広く、ふかふかの絨毯、ソファーやテーブルが適度に配置されている。きちんとした格好のホテルマンと、こざっぱりした格好のバカンスを楽しむ人々。わたしたちは身体と荷物から異臭を漂わせている。

地下1階にある郵便局で荷物を受け取る。「なんで送り先に荷物が届いていないのか?」と尋ねる。「この辺の施設の荷物は局留めになっていて、それを施設の人が受け取りにくるのだ」と言う答え。荷物は2日前にはこの郵便局に届いていたのだが、施設の人がまだ受け取りに来ていなかったということだ。

ホテル内のベンチに座って荷物をザックに詰める。売店でコーヒーと揚げとうもろこし菓子、わたしはラズベリーナッツのケーキ、のらさんはアップルシナモンのスコーンを買い、ホテル内のテーブルで食べる。コーヒーが体にしみ入る。

「ここに来て道具たちがいっぺんにガタがきはじめた」という話をする。加水分解のせいかテント生地がきしきしする、ザックの底からは水が浸み、カッパは機能を果たさず、靴下には穴があいた。

車道に出てヒッチハイクを試みる。すぐに止まる。短髪の、サングラスをかけたおじいさん。ずっと昔、富士山に登ったことがある。弁当箱とかゴミが多かった、鳥居がかわいい、と言う。この辺に住んでいてこの辺の山をよく知っている。野鳥観察をしている。鳥を見ている間にクマに会ったりダニに会ったりという話。

トレイルの入口に立つ。もっと早く歩きだしたかったのだが、荷物のせいで予定が狂ってしまったので気分が良くない、しかしホテルでリラックスできたから良しとする。歩きはじめる。登り道。まずは土の道をたんたんと。次第に石が増え、やがてポールを片手に持って岩をつかみながらよじ登る。眠気ともやもやが残っているものの、体は楽に動く。半日歩かずにいると、やはり体は楽になる。

辺りが見渡せる岩の上に立つ。昨日歩いた山と、先ほど車で走った車道が見える。薄平パンに落花生バターを巻いて食べる。松のような背の低い木が増える。岩をよじ登っては展望できる場所に出て、また松のあいだをを歩き、よじ登り、展望の場所に出る、を繰り返す。この先の山の山頂が雲に包まれている。

じっとりと湿っていそうな森になる。登り下りを繰り返す。岩で休憩、行動食が止まらない。また苔の道、やがて山小屋に出る。山小屋内の蛇口から水を汲む。夕食の準備が進んでいて、テーブルの上にお皿がずらり。泊まり客がたくさん。

先に進みたかったが、もう夕方だし、空は黒い雲があるし、この先テント場が見つかるか分からないし、山小屋の横にあるテント場に泊まることに決める。管理人のお姉さんに案内され、お金を支払い、大きな木板の上にテントをたてる。木板のすき間にペグを刺す。石で重しをする。月炎さんが到着する。木板の上でのらさんが調理。わたしは荷物の整理をする。ツナ入りじゃがいも、トマト入りブロッコリーチーズご飯。行動食を食べる。青汁を飲む。テントに入り、日記を書く。木々のあいだから星を見る。外はひんやりとして寒い。