その97

明るくなってから起きる。少し肌寒い。水道で食器や浄水器を洗う。

昨日夕食を食べた、パイやケーキやパンを売る店に行く。ホットドッグとコーヒー、それにわたしはりんごパイ、のらさんはたくさんの種類のベリーが入ったパイを食べる。パイの中身はどろっとしていてねっとりと甘い。小さな子どもを連れた女性が流暢な日本語で話しかけてくる。「こんな所で日本人に会うのは珍しい」と言う。

教会に戻る。テントをたたみ、出発の準備。便所で出す。昨日車に乗せてくれたお爺さんに別れの挨拶をする。お爺さんが使い捨てカメラを持ってきて、三人で写真に写る。

歩き始める。昨日途中まで歩いた、体がぐわんぐわん揺れる高速道路の歩道を通る。

森に入る。大人に引率された青少年たちがたくさん歩いている。わたしたちもその後ろにくっついて歩く。遠足の気分。

ここはベリーの森で、赤いベリー、黒いベリー、青いベリーの実が至る所になっている。いちめん青いベリー畑のようなところもある。のらさんはたびたび立ち止まって口に運ぶ。「酸っぱいけどおいしい。この酸っぱさがいいのだ」わたしはのらさんほどは食べない。

大きな池の淵に沿って歩く。山のなかにある池は暗く澱んでいて薄気味悪いところが多いが、ここは透き通った水のきれいな池。池を眺めながら、薄平パンでチーズと落花生バターを巻いて食べる。子供がすごい勢いでわたしたちに向かって駆けてきて「がらがら蛇がいた!」と訴えるように言う。その表情を見て「ウソだな」とのらさんが言う。

なだらかな山の尾根道を歩く。両脇には褐色の茎と穂をもった植物が風に揺られている。秋の気配。眼下にはぺったんこな森。ところどころに別荘のような大きい建物が点々と建っている。空がどんよりと曇っている。

雨がぽつりぽつりと降ってくる。傘をさして歩く。岩の道をゆっくりと下る。わたしは急に体がだるくなり、節節が痛くなり、足や腰や背中の肉が痛くなり、やがて服に触れている肌がぞわぞわしてその感触が気持ち悪い。これは風邪の症状。昨日薄着で寝たのが直接の原因のように思われる。「町に下りると体にいいことがない。今回もまた町にやれらたみたいだ」

倒木に座って休む。行動食を食べる。今回の行動食は煎った枝豆が中心。あとはナッツ、干し果物、チョコレートなど。枝豆をよくよくすり潰すように噛んで食べる。

ひろいテント場があったのでそこで歩くのを切り上げる。水を汲みに歩いていると、のらさんが「うわっ熊だ」と言った。わたしのすぐ隣にいる。肩周りに肉が付いていて恰幅がよく、堂々としている。わたしは何となくぼうっとしていてそのまま歩いて通り過ぎる。「立ち止まった方がいいよ。背中見せない方がいいよ」とのらさんに言われて立ち止まる。振り向くと、熊はのそのそと森のなかに入っていった。

岩と岩のあいだから水が流れ出ている。のらさんが水を汲む。わたしは地面に座りこんでのらさんが水を汲むのを眺めている。

テントを立て、服を着込む。葛根湯を飲む。温かいツナ入りじゃがいもを食べると体がぽかぽかになる。アメリカ南部のスパイス味のご飯に粉末しょうがと、買ったばかりの粉末にんにくを入れて食べる。鼻水が止まらなくなる。

ひろいテント場に続々とハイカーが到着する。今日の朝まで教会にいた人たち。みんなそろってここまで移動したということ。

わたしの体のぞわぞわが強くなる。熱っぽい感じ。わたしの他にも、頭痛がひどくて寝ている人や、宿で眠れなかったとぼやいている人がいる。町で上手に過ごすのはハイカーにとって難しいことなのだ。

何人かのハイカーと立ち話をしてから、早い時間に寝袋に入る。雨が降っては止み、降っては止みを繰り返している。