その83

夜中、眠れない、時おり眠る。貨物列車は定期的にやって来る。夜明け前に完全に目覚め、夜が明けたころに寝袋から出る。「列車が来るたびに轢かれて死ぬんじゃないかと思った」とのらさん。テント内は結露で、テントの外は夜露で濡れている。テントをたたんで荷物をまとめ、トレイル管理団体の建物まで歩き、軒先のブランコに揺られながら栄養いっぱいのチョコレート菓子を食べる。

林の道を抜け、広い麦畑。雲ひとつない青い空。麦畑のなかを突き抜ける車道に出る。車道沿いの一軒家の前にクーラー箱が置いてあり、炭酸水やビールが入っている。野外用の椅子に深々と腰掛け、まだ一日が始まったばかりの爽やかな風が吹く朝の景色を楽しみながら、のらさんはレモネードを、わたしはビールを飲む。ビールは冷たく、程よく濃く、程よく苦い。飲み終わったころにこの家の主人が犬の散歩から帰ってきたのでお礼を言う。彼はこんなのいつもやってるから何でもないと言った表情ではいはいと頷いてそのまま家に入っていった。

歩きはじめると今度は向こうからおじさんとその娘さんのような若い女性がクーラー箱を持って歩いてきて道の脇に置き、「開けてみて。それでは楽しんで」と言ってこちらが何も言わないうちに帰っていった。皆なんともあっさりした態度なのである。開けるとスナック菓子と炭酸水が入っていた。スナック菓子を一袋ずつ頂く。

今日は山みちではなく、田舎の道歩きを楽しむ日。畑の畦道を抜け、舗装路沿いを歩き、工場や住宅を横目に見つつ牧場のなかを歩き、小川沿いの雑木林を進む。「山はどこだ」とわたしたちに追いついたハイカーが言う。

大型のトラックが行き交う、5車線ある広い道路に出る。ここは道路沿いに資材や物流の会社の倉庫があり、そのまわりに宿や食堂が集まっているところ。大型トラックの風にあおられながら道路の片隅を歩き、24時間営業の、広い店内の食堂に入る。家族連れやいかにも仕事の途中といった人たちがどんどん店内に入ってきて、ウェイトレスがてきぱきと動き回る。鶏肉と野菜をピタパンで巻いたもの、鶏肉と野菜と揚げパンがボールのような容器のなかに目一杯入ったもの(コブサラダという)、揚げじゃがいも、マッシュルームのクリームスープ、鶏だし味の野菜とお米のスープを食べる。たっぷりの量でお腹いっぱいである。コーヒーを3杯ずつ飲む。向かいの席では定年後にトレイルを歩いているといった雰囲気のおじさんハイカーたちがテーブルを囲んでアイスクリームやケーキを子供のように、おいしそうに食べている。

歩く。のらさんはお腹のなかのものがゆるく、雑木林のなかに駆け込む。そのあいだに、おじさんハイカーたちが次々と通り過ぎる。おじさんのひとりがのらさんが戻ってきたばかりの雑木林のなかに入っていく。のらさんが「気をつけて!」と叫ぶ。

どこまでも続く草むらのなかを、おじさんたちが点々と等間隔に離れて歩いていくのが見える。池のほとりにあったベンチで皆で休む。おじさん達は皆余裕のある明るい表情をしていて、時には低く渋い声で、時には賑やかに、なんとも楽しそうに喋る。のらさんはおばさんハイカーのアイウォックスさんと草の穂を飛ばして遊ぶ。わたしは寝不足で眠くコーヒーで目が冴えているという状態で芝生に横になって休む。

森に入り、いつもの山みち。急坂を登り、トレイルと並行して流れ落ちていく沢の水を汲む。穴を掘って出す。お腹がいっぱい、いつもぽりぽり食べている行動食を食べない。

背の高い木が並び立つ林のなかにテントを立てる。テントと寝袋を干す。小枝を並び揃えた形の小さな焚き火をおこす。チーズを入れた鶏だしらーめんと、残った汁にお米を入れて食べる。ライターの火で指をやけどする。のらさんがラベンダーを塗ってくれる。のらさんはテントのなかで羊毛のシャツの破れたところを縫う。このシャツはいたるところ縫い跡だらけ。