その76

暗いうちに目覚める。ラジオ番組を聴く。そのまま眠れず。

起きる。宿の食堂に行く。シロップとバターをのせたワッフル、卵とミンチ肉とクリームチーズを挟んだベーグル、牛乳をかけたレーズン入りシリアル、桃味のヨーグルト。オレンジ汁に牛乳を混ぜる。

コーヒーを飲みながら、インターネットで買い物。トレイル沿いの町では手に入りにくい山道具を買う。10日ほど後に着く予定の町に届くようにする。

また食堂に行く。二度目の朝食。まったく同じものを、ほとんど同じ量、食べる。

のらさんは歯が茶色。汚ないのが取れないと言っていたが、久しぶりに歯磨き粉を使って磨いたら歯が白くなる。「どんな研磨剤が入ってんだか」と言う。

荷物をまとめる。今回は食糧の補給はせず、三日後に着く町まで手持ちの食糧で乗り切ろうという計画。荷物が軽い。

宿を出る。郵便局で段ボール箱を送りだす。郵便局の人は、こちらが理解しているのかどうかはお構いなしといった感じでぺらぺらと早口で喋り、手早く事務作業をこなして奥に引っ込んでしまう。

トレイル管理団体の事務所にまた顔を出す。手ぬぐいと靴下を買う。これまで履いていた靴下は穴が大きくなったのでごみ箱に捨てる。

トレイルの管理団体の会員にならないかと言われたので会員になる。書類に住所と名前を記入し、いくばくかのお金を寄付する。

事務所のまえに寿司酢さんがいた。彼は「歩くのをやめて、これから家に帰る」と言う。「電話は水没した。テントは熊かあらい熊が壊した。何もかもが壊れた。お金もずいぶん使った」彼のザックにぶら下がっている、にっこり笑ったキャラクターのぬいぐるみをのらさんが受け取り、ザックに付ける。

通りのベンチに腰掛け、栄養いっぱいのチョコレート菓子を食べる。冷たくて甘い炭酸水を飲む。

歩きはじめる。観光客があふれる通りを抜け、古い鉄橋を渡り、大きな川に沿った硬く締まった道を歩く。ぶらぶら散歩する人たち、スポーツ用の自転車で走り抜ける人たち。大きな川は濁流でいくつもの瀬があり、ゴムボートに乗った子供たちが歓声をあげながら流されていく。その反対側は細い川、黄緑色の藻でびっしり覆われ、流れが止まっている。川に浮かぶ流木で亀が並んで甲羅を干している。

川を離れ、山みちを登り始める。穴を掘って出す。

宿で休んだと言うのに寝不足。わたしはこの道を歩きはじめる前の生活でも、テントのなかでも、宿のベッドでも、いつでも寝不足。いつでも夜中に目覚めて眠れなくなる。
のらさんはわたしよりはよく眠っているが、もともとわたしより睡眠が必要な人。わたしと同じように眠りが足りていない。

足が軽く、軽快な歩き。すいすいと前に進む。ふくらはぎやかかとの疲れもない。眠りは足りてないが、たしかに休息は取れている。

トレイル沿いにある広い芝生の公園のポンプで水を汲む。石で造られた門や塔がある。ここで昔戦争が行われたという看板。

トレイル沿いの小屋に着く。テント場は木の枠で仕切られている。また地面がコンクリートのように硬く、ペグがささらない。

牛肉だし味のらーめんのなかに乾燥ごぼう、小松菜、麩、にんにく、落花生バター。残り汁に白米とひじき。野菜やひじきは段ボール箱から取り出したもの。ひじきを入れると優しい磯の味。「ひじきと乾燥わかめとゆかりはえらい」

わたしがうつ伏せの格好で日記を書いているあいだ、のらさんがわたしの背中をさすってくれる。背骨のあたりを触って「身体がばきばきだなあ」と言う。