その54

薄暗いなかで起きる。木から雫が垂れる音を聴く。雨は少しだけ降っている。吊るしてある食べ物を下ろし、テントの中で栄養いっぱいのお菓子を食べる。

歩き始める。体がだるい。寝不足。休み、クラッカーを食べ、歩き、休み、クラッカーを食べる。周囲は朝もやで真っ白、空は明るい。

直径20センチメートルくらいの、黄土色の甲羅を持った亀がトレイルを歩いている。気づかす蹴り飛ばしそうになる。

広い車道に出る。車線が4つ、ひっきりなしに車が走る。昨日山の上で聞こえていた微かな車の音は、今は轟音である。

車道沿いのモーテルに入る。客室になっているアパートのような建物が4つ、その真ん中にプールがあり、ハイカーが水に浸かったり、ビールを飲んだりしている。

部屋に入り、シャワーを浴びる。外はすっかり晴れてかんかん照り。毎日のように雨に打たれ、汗にまみれてじっとりとしている、または酸っぱい臭いを放っているテントや寝袋や防寒着を芝生の上に並べる。靴と靴の紐、中敷きを洗う。ストックを分解し、水で洗って泥を落とす。ザックを水に浸けて、手で押し洗いする。これらもぜんぶ芝生に並べて乾かす。ついでにわたしも、じりじりと照りつく太陽の光を浴びる。

宿を出て、車道沿いを歩く。大きな駐車場と、そのまわりに建物がいくつかあるショッピングモール。その一角にあるレストランに入る。網焼きされた魚を、網焼きされた薄皮パンで巻いたもの。ゆっくり噛みしめて食べる。わたしたちは町に着くとまず魚料理を探す。しかしトレイル沿いの、海から離れた小さな田舎町では、魚料理に出会うことはめったにないのだ。
店員がわたしたちにハイカーか?と尋ねるのでハイカーだと答えると、サービスだといってカスタードクリームにバナナとクッキーが入ったものをくれた。

モールにある大きなスーパーマーケットで食糧の買い出し。のらさんが蕪を見つけて写真を撮る(蕪はわたしの名前だが、この国ではめったに蕪にお目にかかれない)。「なぜか蕪の葉っぱと本体が別々に売られている」とのらさんが言う。

レジで精算していると、買い物がお得になるカードを持っているかと店員のおばちゃんが訊く。持ってないと答えるとまた別の店員のおばちゃんがきて他の町でも使えるからカードを作った方がいいと言ってカードと申し込み用紙を渡される。住所を書く欄があるので日本のでいいかと尋ねるとおばちゃんはしばらく考えたあと、用紙をびりびりと破り、カードだけ持って行ってよろしいと言った。早速このカードを使うと、今日の買い物の料金が1割以上安くなった。のらさんがおばちゃんを抱きしめる。

部屋に戻る。レタスとパセリの間の子のような葉っぱと枝豆が入ったサラダ、ほとんど味付けせずにただ揚げただけの鶏肉、味付けされた潰しアボカドにとうもろこしチップスを付けて食べる。ビールを飲む。

4本目のビールを残し、浴槽に湯を張る。交代でそれぞれ30分ずつくらい湯に体を浸ける。使い物になる浴槽に出会ったのは今回で2度目。1度目はシャワーだけで済ませてしまったので、ゆっくりと湯に浸かるのは初めて。このところは2人とも体の疲れが取れない。湯の中で足の裏やふくらはぎ、膝周りをよくよく揉む。

部屋のなかはテントと違って風が動かない。じっとりと暑いなかに閉じ込められているような気がして、なかなか寝付けない。