その53

夜中、眠ったり目覚めたり。地面が斜め、ふんばらないとずるずるとのらさんの方に転がる。ふんばりを効かせながら寝るのは難しい。外では雨が降っている。

薄暗いうちに起きる。荷物をまとめて倉庫に行く。すでに何人かのハイカーが暗いなか出発の準備をしている。
チェリーとチーズのパン。宿の人がつくった焼きたてのマフィン。便所に並ぶ。出す。のらさんも出す。昨日ビールで出が良いと言う。倉庫の入り口にある箱に寄付のお金を入れる。

歩く。峠道に大きな駐車場、日帰りのハイカーがたくさん。カップル、子供連れ、犬連れ。ゆるやかな坂。

てっぺんに着く。平たくて大きい一枚岩が、山から大きくせり出している。この岩のなるべく先っぽに立って写真に写ると、とんでもない崖の上に立っているように見えるから、ここに来る人たちはみんなこれをする。わたしたちも写真を撮ってもらう。

空は青空、気持ちのいい風。代わる代わる岩の先っぽに立つ人びとを眺めながら、チェリーとチーズのパン、クラッカーを食べる。

この辺はキャンプ地の指定があり、自由にテントを張れない。次のキャンプ地は熊出没のため封鎖、臨時キャンプ地まで、これから長い距離を歩くことになる。着く時間が遅くなりそうなのでなるべく足早に歩く。

軽装の人たちの姿がなくなり、静かな山歩き。ゆるやかな上り下りを繰り返す。山みちはぬかるんでもなく、岩だらけでもなく、硬く締まった土。

再び一枚岩の連なる崖。眼下いちめんに拡がる風景。むかしむかし、大地と大地がぶつかり合い、押されたところが盛り上り、なだらかな山ができ、その谷間には川が流れ、川の周りに家が建って田畑が耕された、という風景。隆起してできた山はずっと向こうまで続いていて、その稜線上を歩いてきたのだ、というのがわかる。

危険な熊が出没するという理由で閉鎖されている小屋で休憩。近くを流れる小川で水を汲む。危険な熊というのは、人間が残した食べ物の味を知っている熊ということ。

わたしたちは足早のペースを保ったまま、ほとんど会話を交わさない。たまにのらさんが「あっ、かえるだ」とか「今とかげが木に登っていった」と言って立ち止まる。「気持ちのいい森を、こんなに早く通り過ぎるのはもったいないなあ」

トレイルは歩きやすい、しかし疲れが溜まってきた。今まででいちばん長い距離を歩いている。石や木の根につまずいて転びかけることが増える。2人ともが順番に、同じ石でつまずく。

休憩するたびにクラッカーを食べる。となりに座るのらさんが臭い。昨日は宿でシャワーを浴びたが、服は汚れたまま。

たまに木の隙間から見える風景には家の数が徐々に増え、車が動く音が微かに聞こえてくる。町が近づいてきている。

臨時テント場に着き、テントを張る。日が暮れかかっている。火を使う料理はやめ、手っ取り早く薄平パン、チーズ、落花生バターを食べる。暗くなると食糧袋を吊るすのが大変なのだ。食べている最中、蚊がのらさんの足首を刺す。蚊の季節のはじまり。「これからきっと不機嫌になることが増えるよ」「いよいよ蚊との戦いだなあ」

食べ終わる頃に雨が降ってくる。テントに入って足の裏をよく揉み込む。そうしているうちに、すぐにも眠気がやってくる。用を足しに外に出ると、たくさんの町の灯りが見えた。