その49

明るくなってから起きる。クランベリー味の麦粥と栄養いっぱいのお菓子を食べる。

「夜中にずっとテントの周りを徘徊してた人がいた」とのらさんが言う。言われてから、わたしも誰かがざくざく歩く音を半分眠りながら聞いていたのを思い出す。

テントの入り口に蛇がいる。蛇ではなく、プラスチックで出来た蛇である。夜中に徘徊していた人がテントの前に置いていったのだろうか。

荷物を片付けていると、古株さんがやってきた。「昨日、熊を見たよ」と言う。夕方にわたしたちが通り過ぎた草原のあたりで、熊が歩いているのを見たという。

水を汲む。木々のなかを抜け、原っぱを歩く。休憩するがのらさんもわたしもまだあまり食欲がなく、水だけを飲む。「肌がべたべたする」「そういえば朝起きたときも顔がざらざらしてて、触ると垢みたいなのがぼろぼろ取れたぞ。これもぜんぶ油のせいだな」

薄平パンに落花生バターを塗って食べる。食べているあいだ、のらさんは靴と靴下を脱いで裸足になり、靴の中敷の匂いをかぐ。「いつも臭いと分かっていて嗅ぎたくなるのはなんでだあ?」と言ってから「でもこれは人間の本能だよ。臭いで食べられるか判断できるし、肉ばっかり食べ過ぎると体が臭うし」と言う。「この国のものは洗剤とか、なんでもかんでも甘ったるい匂いが付いていて気持ち悪い。でも日本人が無臭ばっかり好むのも不気味」とわたしは言う。

昨日杖で蛇を突いていた若いハイカーがやって来る。べこべこに曲がった薄いアルミのフライパンに、針金の取っ手をつけたものをザックに括り付けている。「これでパンケーキを焼いて食うんだ」彼は旅暮らし、お金がなくなったら働いてまた旅を続けるんだと言う。

歩いている途中で雨が降ってくる。だんだんと強くなって本降りになり、ずいぶん濡れたあとで諦めて傘をさしたらぴたりと止んで青空。

川の向こう岸まで架かっているケーブルに、ブランコが括り付けてある。渡った先の敷地の住人は、ハイカーがテントを張れるようにとこの敷地を解放している。古い木造住宅のポーチに何人かのハイカーがいて休憩している。冷蔵庫にある炭酸飲料を頂いていると、ここの主人のおじさんが、三輪車で大量の炭酸飲料を持ってきた。それを冷蔵庫に入れる作業をし、またトレイルに戻る。

川沿いのぬかるみの道、急勾配の坂道、やがてごつごつとした岩だらけの道。岩を避け、トレイルから外れた森のなかに平らなところを見つけてテントを張る。

ご飯の準備をしていると、クールな顔立ちのファンガイ君がやって来てとなりにテントを張る。彼も岩だらけの道にうんざりした表情。
ツナ入りじゃがいもと、鶏だし味のご飯。にんにくを薄く切って、ご飯と一緒に煮込む。味に変化は無い。スタミナがつけば幸いである。
ファンガイ君はとなりでチーズ味のマカロニを食べていて、それで終わり。これで足りるのか心配である。彼の食糧袋を見ると、だいたいわたしたちと同じようなものが入っている。格安の値段で買える、煮込むだけで出来るもの。「こういうの、普段の生活でも食べるの?」と聞くと「食べない。ちゃんと作って食う」と言った。

わたしたちのまわりを飛んでいる虫たちが、日が経つにつれてどんどん大きくなっている。小蝿は大蠅になりつつある。テントのなかで灯りを点けていると、まわりで虫たちがぶんぶんと大きな音を立てて飛びつづけている。