その48
起きる。すでに陽は高い。ぐっすりと寝て、体の節々が痛い。便所で出す。
近くにあった軽食堂でコーヒー。揚げ鶏肉を挟んだパンと、潰したあとに揚げたじゃがいもを食べる。
大型スーパーマーケットに食糧の買い出し。今回は少なめ。
のらさんが店先で食糧をひろげてザックに詰める。わたしはとなりの金物屋に燃料用のアルコールを買いに行く。が、閉まっている。「歯医者に行って来ます」と張り紙がしてある。他の店で買おうと歩き出すと、通りかかったおばさんが車に乗せてくれた。
車用品店で目当てのアルコール商品を探すが売っていない。そのとなりにある、どうやらアルコールらしいものを持って店員に「これはアルコールストーブで使えるか?」と聞いたら分からないというのでとりあえず買って、待っていてくれたおばさんの車で戻る。金物屋が開いている。金物屋の兄ちゃんにこれは使えるか?と聞くと力強くノウというので店先で試させてもらうと大きな炎と黒い煙が立ち昇ってストーブが煤で真っ黒。アルコールの他に違うものが混ざっているとのこと。金物屋でアルコールを買いなおし、車用品店で買ったものはあんたにやると言うと、代わりに折りたたみの重くて大きなナイフをくれた。
軽食屋で揚げ鶏肉のハンバーガー、牛肉のハンバーガーをそれぞれ1個ずつ、揚げじゃがいもとりんごパイを食べる。甘くて黒い炭酸飲料をたくさん飲む。
舗装路を歩き始める。コンクリートの上で行き場をなくしている熱気が体にまとわりつく。幅の広い高速道路のような高架の道。下には線路、となりに大きな川が流れている。普通の車の10台分くらいの長さのあるトラックが通り過ぎると高架がぐわんぐわんと揺れて歩きにくい。
山みちを登り始める。あたりはジャスミンの香り。体にまとわりつく熱気はなくなったが、大量の汗が溢れ出す。「さっきのジュースと昨日の脂がしみ出ているのだな」
一日休んだ後なので動きは軽快。ずっしりとした荷物が肩に食い込む。「昨日の肉とか牛乳とか、ぜんぶ肩の筋肉になってくれんかなあ」「きっとそうなるよ。念じていれば」「腰の筋肉も欲しいな。あと足か。背中もだ」
黒くて小さな虫がわたしの眼鏡の真ん前を飛び続ける。わたしは歩き続けているのに、ずっと眼鏡の前にいる。「彼はもう自分の家には帰れないぞ」手で払ってもやってきてまた目の前を飛びまわる。ずっと手で払いながら歩く。
前を歩いていた若いハイカーがストックの先で何かをいじくりまわしている。黒い蛇。何という蛇かと聞くと黒蛇だと言った。
標高があがって草がなくなり、地面は枯葉で覆われている。背の高い木だけが生えている。春先にこのトレイルを歩き始めた頃のような景色。
やがて草原に出て、送電線を過ぎ、電話塔を過ぎ、森に入るとりすが至るところで走り回っている。尻尾が大きくてふわふわしているものと、背中に白い線が入っているもの。
何人かのハイカーがテントを張って焚き火を囲んでいる。ひとりがギターを爪弾いている。わたしたちもテントを張る。近くの小川で水を汲む。
照り焼き味のご飯と、優しい味のパン。のらさんは食欲がない。「昨日の中華の油でやられて、今日のバーガーが追い打ちをかけたんだな」「食べ放題で食べるって難しいなあ」「今度町に降りたら、野菜がたっぷり入った優しい味のスープをつくって食べよう」サッサフラスのお茶を飲む。
このところ夕方になると必ず降る雨が、今日は降らない。気温が下がらず、薄着でいても平気。日が暮れても、いつまでも小さな虫が飛んでいる。小便をしにテントを出ると、遠くにたくさんの町の灯りが見えた。