その44

夜中、目覚めて眠れなくなる。志ん生、淀五郎。

明るくなり始めた頃に起きる。とうもろこし粥(梅干し入り)、栄養いっぱいのお菓子。サッサフラス茶を飲む。

穴を掘って出す。朝に出すと体が軽くなり気分もすっきり。

急坂の昨日の続きをゆっくりと登る。

急坂が終わり、平坦な道。ぬかるんでいて、着地と同時に前か右か左にぬるっと滑って不恰好に踊る。「ちょっとしたロケンロールですな」と後ろからのらさん。

山頂付近の草原地帯に出る。雨が降り始め、あたりは白い靄がかかって幻想的。

草原の中を歩くのは雰囲気としてはいい、しかし意外と歩きにくい。まず、目の前に広がる風景があまりに広大なので、前に進んでいる気がしない。つぎに、すぐ両脇に草が茂り、道が細く窪んでいるので、足は体の真正面に、一直線上に出し続ける必要がある。すると体がくねくねして負担のかかる歩き方になる。「両脇の草を踏みながら歩いて、後から来るハイカーのために道を広げてあげるというのはどうか?」「それはめんどくさい」

池のほとりにあるパイプから出る水を汲む。

草原の真ん中に簡易小屋が建てられている。壁は石で造られており、入り口には扉がある。中に入ると、酸っぱいようなむっとした匂いが鼻をつく。「全部締め切っている空間って良くない。空気は流れていた方がいい」とのらさん。「家を建てるんだったら半分はテラスでいいな。床下は高床式でいい。ねずみ返しをつけて」とわたし。

飴玉の「命の恩人」をどれだけ長く舐め続けられるかを競う。なるべくしゃぶらないようにして、長く口の中にとどめておいた方が勝ち。
結果はわたしが15分、のらさんが18分でのらさんの勝ち。

峠道に出たところで休憩。山菜おこわと五目ご飯を食べる。粗塩ビスケットを落花生バターの瓶に突っ込んで食べる。

峠道を渡り、坂を登り始める。足元のぬかるみがより一層ひどくなる。一歩上がるとぬるると半歩ほど下がり、もう片方の足を蹴り上げると踏ん張りがきかず、またずるっと滑り落ちる。前に進まない。「登りで階段があると辛くてうんざりする、でも今日は階段の有り難みが分かるな。たくさんの人が歩く山みちは雨で土が流されて、道が壊れてしまうって聞いたことがあるけど、これがまさにそうだ。この間ボランティアで階段を作ったのはこのためなんだな」

坂道が終わってみちは平坦になったが、ぬかるみのみちはいつ果てるともなく続く。のらさんの表情が渋い。「これはもううんざり。今までで最低ランクの道」
雨は降ったり止んだりを繰り返す。

下り坂になると足が前にずるっと滑って何度も転びそうになるところを踏ん張りながら歩く。

峠道を越えたところにあるテント場に着く。そこで食事をしているハイカーに「まったくひどい道だった」と言うと、彼は黙った頷いた。彼のお尻から下全部がどろどろ。

テントを張って荷物をひろげる。着ているもの、荷物の何もかもがじっとりと濡れているか、泥で汚れていて、テントのなかで身うごきが取れない。

ミンチ豚肉入りじゃがいも、たくさんの野菜入りのチェダーチーズ味ご飯。コーヒーを飲む。

食糧袋をぶら下げる木を見つけられない。森の中をぐるぐると歩きまわる。石を括り付けて投げた紐の、石だけがどこかに飛んでいったり、紐を掛けた枝がばきっと折れたり、紐が根っこや枝に絡まったりして、わたしは雨の中で途方に暮れる。のらさんが手伝ってくれてやっと食糧袋を木にぶら下げ終わると、すぐに日が沈んであたりが暗くなった。