その34

夜中、眠れない。のらさんの寝息を聞く。となりのテントの人が寝返りをうつたびに空気マットがごわごわと音がなるのを聞く。車がいつまでも走り続けている。遠くのほうでパーティをやっているようでほーっほーっと叫ぶ声が聞こえる。

明け方にうとうとし、まだ暗いうちに起きる。雨が降っていて肌寒い。

チャックさんと、手伝いのハイカーが朝食を準備している。居間のテーブルに朝食が並ぶ。ワッフル、バター、クリーム、メープルシロップ、茹でたじゃがいも、ゆで卵、牛乳、オレンジジュース。卵を食べるのは歩きはじめてから初めて。しみじみと味わって食べ、さらにもう1個食べる。コーヒーを何杯も飲む。食べ終わって、もう明日の朝食が待ち遠しい。

今日は日帰りハイキング。先の地点まで送迎の車に送りとどけてもらい、そこから歩いて宿に帰ってくるという計画。これまで私たちは南から北に向かって歩き続けていたが、今日に限ってのみ、北から南に歩くことになるのだ。日帰りぶんの荷物を私が背負い、のらさんは手ぶら。

「荷物がないから、どうもトレイルを歩いている気がしない。散歩気分が抜けない」のらさんが言う。「こんな歩き方が出来るのは今日だけだから貴重な体験だぞ。楽しもう」とわたしは言う。煙突君、セバスチャン君とすれ違う。知っている顔が向かいからやってくるから楽しい。

ところが、気楽な気分ではいられなくなってきた。わたしは寝不足のせいで体がだるくて歩くのが非常につらい。荷物は軽いが、体が重い。一方でのらさんは朝食を食べ過ぎ、且つコーヒーを飲みすぎたうえに、送迎の車が山みちをくねくね走ったために酔ってしまい、頭がぐわんぐわんすると言う。
さらに、わたしはいつも使っているストックを持っていない(張りっぱなしのテントの支柱に使われているのだ)。
左膝が今までにないほど痛みはじめ、それを庇いながら歩く。
のらさんのストックを貸りて歩く。さらに休憩中に膝のまわりをよくよく揉み込む。これで痛みはだいぶ引いた。

雨が降ったり止んだりするなかを歩く。わたしは休憩するたびにあまあまパンや饅頭、かりんとうを食べまくるが、のらさんは辛そうな表情で「食欲がない」と言って食べない。「今日の夕食はグリッツかもしれない」と言う。グリッツというのはいつも食べているとうもろこし粥のこと。味噌汁がわりのようなもので、あまり腹の足しになるものではない。いつもはなんでも食べまくっているのらさんがこんなことを言うのは只事ではない。

気をぬくとへたり込んでしまいそうになるから、集中して歩く。しばらくの間、黙々と歩いていたが、疲労が極限に達したわたしが「グリッツ音頭」をつくって大声で歌いながら歩く。

やっとのことで山みちを下り、舗装路に出る。道路沿いにアイスクリーム店や喫茶店やレストランが見えてきて、俄かにのらさんが食欲を取り戻した表情になった。

レストランに入る。ビールを飲む。薄皮パンのなかに豆ソースと鶏肉とお米と野菜がずっしりと入ったもの、同じく薄皮パンに牛肉とレタスとトマトがたっぷりと挟まったもの、ほうれん草といちごとチーズとナッツが混ざったものにいちごソースをかけたサラダを食べる。スーパーマーケットでアイスクリームを買って食べる。さらに別のスーパーマーケットに行って鶏肉を揚げたものとチーズを買ってそれを食べながら宿に戻り、宿でピザとパイナップル味のパンとヨーグルトを食べて甘い炭酸水を飲んだ。

宿にはハイカーが増えている。明後日にはお祭りが始まるのである。