その22

起きる。歯を磨く。出す。お腹はちゃんと働いている。
 
朝食の時間。昨晩の8人と、他に2人のハイカーが食卓につく。ワッフルにいちごを煮たものとメープルシロップをたっぷりとのせて頂く。麦とナッツとレーズンが混じったものに牛乳をかけたものとメロンを食べる。また胃がいっぱいになるまで食べる。りんごジュースとコーヒーを飲む。コーヒーはちゃんとコーヒーの味がする(この国で飲むコーヒーは薄すぎて焦がし麦茶の味がするものが多い)。
 
部屋に戻ってからしばらくすると、お腹がぐるぐる鳴り始めて便所に駆け込みたかったが誰かがシャワーを浴びていて使えない。向かいの食料品店まで走り、便所を借りる。

宿を出て、山道具屋の前から送迎の車に乗る。ここから先のトレイルが山火事によって封鎖されてしまっているため、そこを迂回する必要があるのだ。送迎はこの町の人びとが善意で行ってくれている。
我々を送ってくれたのは、60歳くらいの、人の良さそうなおじさん。「わたしもかつてこのトレイルを通しで歩いたんだ」と言った。封鎖が解かれているところのトレイルの入り口で降ろしてもらう。お礼をして別れる。
 
歩き始める。登り坂がつづく。わたしは足首にゲイターを取り付けたので、この姿をのらさんに見せつけたくてわざわざズボンをたくしあげて歩く。わたしのズボンは裾にゴムが入っているので、モンペ姿のようになった。

「まだ山にいる気がしない。町にいる気分が抜けない」とわたしが言う。のらさんは「頭のなかで英作文ばかりしている」と言う。これは昨晩の食事の時の会話のことを考えているのだ。
しばらく歩いてから、突然わたしは閃いた。「山にいる気がしない理由が分かったぞ。満腹だからだ。お腹が満たされているということは山のなかでは普通のことじゃないんだな」
 
荒れた牧草地のようなところを抜け、稜線に出て、岩だらけのみちを登っては降り、苦労しながら歩く。
 
小屋があるところのすぐ近くにテントを張る。潰したじゃがいもと、辛くて酸っぱい味がついたごはんを食べる。量は少なめにする。
 
かつて日本にある米軍基地でパイロットをしていたという、しわの刻まれ方がかっこいいハイカーと話す。彼はいっぺんにではなく、何回かに分けて毎年少しずつこのトレイルを歩き続けるつもりでいる。「ぜんぶ歩き終える時は、80歳になってるよ」と言った。
 
のらさんがわたしの靴の、木で引っ掛けて破いたところを縫ってくれた。