その92

夜中、たびたび目覚める。目覚めるたびに志ん生を流す。まくらで眠り、サゲで目覚め、またまくらで眠る、というのを繰り返す。

明るくなってから目覚める。のらさんはまだ眠っている。のらさんが起きるまでわたしもじっと横になっている。

起きる。テントをたたみ、栄養いっぱいのチョコレート菓子を食べる。

幅の広い砂利道を歩く。舗装路沿いにある小屋。ここには管理人がいて、シャワーがついている。管理人の太ったおじさんに挨拶をする。10年位前にここに日本人が来たよと言って、その人と会った様子を詳しく話してくれる。通り過ぎるハイカーのことをよく覚えているのだ。

じっとり、べたべたしている寝袋を陽にあてる。シャワーは、高いところに設置してある黒いタンクに水が溜まっていて、その水を日光で温めて使うという仕組み。浴びてみると、お湯ではないが冷たくて震え上がるほどでもない、というほどの水。汗を流し、ティーシャツとズボンを濡らして絞り、そのまま着る。多少乾くまで日なたでぼんやりする。ノートにのらさんが「とても良いシャワーをありがとう」と書く。

急坂を登る。いつまでも続く。汗びっしょりになる。服はシャワーの水で濡れたものなのか、汗で濡れたものなのか分からなくなる。

薄平パンにチーズと落花生バターを巻いて食べる。
岩の道をゆく。大きな岩がただ積み重なっているうえを伝っていく道、地面からちょっと顔を出している鋭い形の岩のうえを伝いながら、または避けながら進む道。

そこは水が流れてるよ、とハイカーが教えてくれた水場に水を汲みに行く。今は水場があっても涸れていることがあるから、あったら汲んでおいたほうがいいという判断である。水場はトレイルから激しく坂を下ったところにあり、沢に置かれたパイプからちょろちょろちょろ、と水が流れ落ちている。水の下にペットボトルを置き、水が溜まるのを待つ。

雨がぽつりぽつりと降ってくる。ただでさえ蒸されている山の空気が、さらにじっとりとしたように感じられる。

小屋があったので休憩する。ノートに「どのようにしたら岩と、湿気と仲良くなれるのか教えてください」と書く。

行動食を食べる。今回の行動食はバナナやパパイヤなどの干し果物を中心に、チーズが入ったビスケット、アーモンドとひまわりの種。

のらさんが「上を向いて歩こう」を歌う。「見上げてごらん夜の星を」も歌う。しかし岩場の道は下を向いていなければ歩けない。ずっと下を向いているから、首のあたりが凝っている。

車道に出て、車道沿いにある食堂に向かう。この食堂の裏は芝生になっていて、ここにテントを張らしてくれるという話。しかし車道では大型車やトラックががんがん走っており、また眠れなくなる事が予想されたので、ここで泊まるのはあきらめることにする。トレイルに戻り、夕暮れ時の森のなかを歩く。トレイルからしばらく坂を下ったところにある水場の近くにテントを張る。もう暗くなりはじめている。

オリーブ油入りの潰したじゃがいも。乾燥野菜、アメリカ南部のスパイス、だしの素、揚げ玉ねぎ、ミンチ豚肉入りの白米。若くて陽気なハイカーのフラッシュ君と話す。「走ったり、サッカーをしたり、体を動かすのが好きなんだ。ハイキングもスポーツだよ」

暗いなか食糧袋を吊るす。となりのテントの人のいびきが耳につく。