その93

夜中、目覚める。雨がテントを打つ音を聞く。今日は激しい岩場の道を歩くことになっているので「まじかよ」とつぶやいて、それからまた眠る。

明るくなってから起きる。雨は降り続いていて涼しい。カッパを着る。テントをたたむ。栄養いっぱいのチョコレート菓子を食べる。水を汲む。顔を洗う。濡れたものを拭いて汚れた手ぬぐいを洗う。

霧雨のような雨。風が吹くと木々から大粒の雫がばらばらと降ってくる。周囲は霧で包まれている。濡れた岩の上で足がつるつるとよく滑る。大きな岩がごろごろと転がっている上を、しゃがみ込んで足を伸ばし、両手を使ってそろそろと進む。前を歩いている若い女性ハイカーは両手に持ったストックで岩を突きながら歩いていて、一歩進むごとに次の一歩をためらっている。それに比べてわたしは手足を器用に使っているなと思いつつぐんぐん進んでいると、頭上の高さにあった太い枝に頭を強烈にぶつけて首がおかしな方向に曲がった。

雨が強くなったときにちょうど小屋が見えたので、小屋のなかで雨宿りする。おじさんハイカーが小屋に入ってきて「厳しい一日だ」と言ってすぐに出ていった。わたしはノートに「雨と岩、怪我がなければそれで良し」と書く。

雨が止む。穴を掘って出す。倒木に座って、薄平パンにチーズと落花生バターを巻いて食べる。歩いていると暑いが、止まっていると涼しくてカッパが欲しい、というくらいの気温。

のらさんがブルーベリーの実が熟れているのを見つける。これまでブルーベリーの木はちょくちょく見かけたが、食べられそうな実を見つけたのははじめて。食べると甘くて、ラズベリーより食べやすい。のらさんが実を摘んで口に運び、またすぐに立ち止まっては実を摘んで口に運ぶ。葉っぱが黄緑色でかわいい形をしたものと、もっと緑色で小ぶりの形をしたものの二種類の木がある。黄緑色の葉っぱの実の方が大きくて甘くて美味しい。

小屋の近くで水を汲む。山を下りきり、大きな川に架かる橋を渡り、車通りの多い舗装路を渡る。山みちに戻ってからほんのすぐのところにクーラー箱が置いてあってスナック菓子とケーキ、甘い炭酸水が入っている。わたしたちはとても疲れていて、食べ物と飲み物が体に染み入る。ノートに「おかげさまで生き返りました」と書く。ここからとても厳しい登り坂が始まるので気合いを入れて歩き始めると、ほんの数歩進んだところで、遠くからわたしたちを呼ぶ声がする。見ると人が手を振っていて、天幕が張られていてその下に食べ物がふんだんにあるのが見える。ためらうことなくそちらに向かう。食べ物を振る舞ってくれているのは去年このトレイルを通しで歩いた人たち。ホットドッグとピクルスを食べる。昨日のテント場で一緒だったフラッシュ君もいる。彼は英語がろくに話せないわたしたちに熱心に話しかけてくる珍しい種類の人。「岩場の道は好きだよ。挑戦しがいがあるからね」と言う。向かいに座っているもうひとりのハイカーは、なんで英語も話せない奴がここにいるんだ?という顔をしている。対照的なふたり。

話をしている間に、わたしはチェリーやクッキーや砂糖のかたまりのお菓子、チョコレート菓子、キャラメルと塩と砂糖で出来た菓子などを口に運び、そのうち食べるのを止められなくなる。

ペットボトルの水をもらう。今まで使っていたペットボトルは三カ月間水を持ち運ぶのに使い続けたもので、べこべこでいつ壊れてもおかしくない具合になっている。もらったペットボトルに代える。

ずぶずぶと居座ったのちに、意を決して出発する。急坂を登るうちに木がなくなり、大きな岩ばかりがごろごろと転がっている風景になる。白い目印を頼りに、岩をよじ登る、這い上がり、慎重に足と手をかけて登る。眼下に先ほど渡った大きな橋と、その周辺の家々が模型のように広がっている。

登りきるとあたりは霧に包まれる。少し歩いたところの草むらにテントを張る。スパイシーな味わいのご飯に揚げ玉ねぎを入れて食べる。先ほどもらったりんごを食べる。雷がごろごろと鳴っていてやがて土砂降りの雨が降る。止まないうちに空が明るくなって日が射す。雨が止み、霧が晴れて、山の下に町が広がっている様子が見え、夕陽が空を赤く染め、草むらに咲く黄色い花が匂い、こおろぎのような鳴き声の虫が鳴き始める。

テントから出て、濡れた体を乾かす。しばらく突っ立って雨上がりの匂いを嗅ぐ。空が暗くなってから、また雷が鳴りはじめる。道具はすべてじっとりと濡れ、わたしたちの体はふやけてべとべとしていて、テント内が臭い。

雷はおさまり、花火のような音が聞こえる。小便をしに外に出ると、町の灯りと月の明かりがくっきりと見える。