その91

わたしは日付けが変わる頃に眠る。のらさんはほとんど眠れず。「貨物列車は一回しか通らなかった。車は3時くらいには落ち着いたけど、それでもやっぱりうるさかった」と言った。

明るくなってから寝袋から出る。テントをたたんで荷物をまとめる。昨日昼食を食べた、広い道路沿いの食堂に行く。野菜のオムレツ、ベーコンのオムレツ、薄く千切りして焼いたじゃがいも、トースト、パンケーキ。コーヒーをがぶがぶ飲みながらメールを書き、日記を書く。

床屋に行く。店主のおじさんと、ギター弾きのお爺さんもいる。店主のおじさんはローマ字で書かれたカードを手に持って、こんにちはと日本語で挨拶をする。

歩き終えるまで、髪の毛とひげを伸ばしっぱなしにしておくつもりでいた。しかしこの店と店主のおじさんの佇まいがとても良いので、軽く整えてもらうことにする。「適当に揃えてください。あとはお任せします」と頼む。

かしゃかしゃかしゃという音のもの、どるるるるという音のもの、その他いくつもの年代物のバリカンを使い分けて髪の毛とひげを短く切り、ちゃきちゃきちゃきと大きな音のするはさみで全体を整えた。その最中に近所の人が来ておしゃべりを始めたり、かかってきた電話にでたり、お爺さんのギターに合わせてハーモニカを吹き始めたりするのでなかなか時間がかかる。だいたい一ヶ月半くらい前の、坊主がちょっと伸びたくらいの髪型になる。もしゃもしゃに乱れたもみあげと、何か食べるたびに砂糖や食べ物のかすなどがくっつく口ひげが短くなった。さっぱりする。

切ってもらっている間に、オーストラリア、カナダ、イギリス、エクアドルのハイカーが店に入ってくる。「今日は国際色豊かな日だ」と店主。それからギターを手にとって「スキヤキ」のコードを探し始めた。それに合わせてのらさんが歌う。わたしもところどころで歌う。それからお爺さんが「ユー・アー・マイ・サンシャイン」を弾き始めて近所の人たちも一緒に歌う。そのあとで7歳の女の子が伴奏なしで歌った。

床屋の前にあるベンチに座り、薄平パンに落花生バターを塗って食べる。歩き始める。高速道路の下をくぐり、急坂を登る。汗がどっと吹き出る。岩石道になり、岩を伝いながらゆっくり歩く。「歩きにくいところはゆっくり歩けばいいのだ。何事も難しくなったらペースを落とせばいいのだ」「町に泊まった日は決まって眠れない。ひょっとしたら、一日中歩いてくたくたにならないと、体がまだ睡眠は必要ありませんっていって眠ろうとしなくなったんじゃないか?おれたちは歩き続けない限り、眠れなくなってやがて死んでしまうぞ。これこそ真のハイカーというものだ」

川の水で髪の毛と顔を洗う。床屋で髪を洗っていない。切られた髪の毛がそのまま頭に残っているし、汗で顔中にもへばりついている。頭を水に浸す。のらさんが上から水をじゃぶじゃぶかける。冷たくて震える。体を手ぬぐいで拭く。ティーシャツを川で洗ってそのまま着る。のらさんも髪の毛を川に浸して洗う。

坂道を登る。汗でびっしょりになる。川で体を拭く前の状態に戻る。

気温が上がって湿気が多く、山全体が蒸されている。沼地が近く、小さな黒い虫が無数に湧いている。歩いている間にも目の前を飛び回る。これはいつもの事だが、今日は数が異常。のらさんの目の中に飛び込んでくる奴らがいる。のらさんはこれまで手で叩き殺すというやり方を貫いてきた。しかし今日は耐えかねて、虫除け網を頭からかぶる。虫がいくら飛び回っていても余裕で歩けるからご機嫌になった。

日暮れが近づく。森は様々な植物が生い茂る熱帯雨林のようになっている。テントを張る場所が見つからない。いつもならご飯を食べ終っている時間。暗く湿っぽいが、平らなところを見つけてテントを張る。虫除けのために急いで火を起こす。木は湿っていてなかなか火が付かない。いったん付くとよく燃えて高い火柱が立つ。

チーズ味のじゃがいも。乾燥野菜、ひじき、レモン風味のツナ、チーズ、揚げ玉ねぎ、うどんスープの素を入れた白米。混沌とした味、でもレモン風味が勝っている。

食べ終わる頃には暗くなり始めていて、懐中電灯の光を頼りに片付け、火を消し、食糧を吊るす。テントの中は蒸し暑いが、夜が更けるにつれて涼しい風が吹き込んでくる。