その62

夜中、目覚める。昨夜からの風がいまだ強く吹き続けている。地面からしんしんと冷気を感じる。もぞもぞと起き出してありったけの服を着る。志ん生をかけては眠り、寒くなって起き、また志ん生をかけては眠る。寝床、庚申待、あくび指南、うなぎの幇間

わたしたちはひとつの寝袋に一緒に寝ている。寝袋の下に敷くマットは別々である。のらさんのマットは空気を中に注入して膨らませる方式のもの、わたしのは断熱素材のウレタン状のもの。わたしの方が地面からの冷気を感じやすい。明け方近くになってわたしは自分のマットをあきらめ、のらさんのマットに乗っかかり、ふたりぴったりくっついて眠る。

明るくなってから起きる。外は相変わらず風びゅうびゅう。外は寒いので、テントの中で栄養いっぱいのチョコレート菓子とチーズを食べる。

ずっと下り坂が続く。太陽に照らされた岩や草や木の幹、枝、葉っぱ、すべての風景がきらきらと光ってみえる。「昨日から吹いている風が空気中のごみを吹き飛ばしたのかな。空気が澄んでいて、景色がきれいにみえる」とのらさん。森のなかにある農場と牧場が遠くに見える。牛が黒い点でぽつぽつと見える。

時々、枝がばきっと大きな音を立てる。強い風が枝をへし折っているのだ。1メートルくらいある枝が折れてわたしの肩の上にどさっと落ちた。

ながい下り道が終わり、川に掛かるぎしぎしと揺れる吊り橋を渡ってから、下ったぶんだけ登りかえす道が始まる。

山からちょろちょろと流れ出る水を汲む。岩場の登り。大きな岩と小さな岩が積み重なっているうえをつたいながら歩く。

山頂近くまで登って荷物を下ろし、靴を脱ぐ。麦粥、薄平パン、落花生バターとチーズ。「ここ数日間、からっと晴れて、昨日から強い風が吹き続けている。季節の変わり目かもしれないぞ。これから本当に夏がやってくるのかもしれないぞ」

車道に出たところにごみ箱。ごみを捨てる。大型のバイクが何台も通り過ぎる。わたしはバイクが通り過ぎるたびにいちいちバイクに向かって手を振る。全員が手を振り返してくれた。

ローリング・ストーンズの「悪魔を憐れむ歌」が頭の中で鳴りはじめる。この曲のバックコーラスの「ふっふー」というところを口ずさむ。この「ふっふー」が出るのは、疲れが溜まっている時。

山肌を勢いよく流れ落ちてくる沢の水を汲む。

岩だらけのトレイル。少し外れたところに地面からせり出しているおおきな岩場。そこからは見渡す限りの広い風景。山の下には広くなだらかな森があり、森の中に開拓された土地がある様子を眺める。岩の影が平らだったのでそこにテントを張る。ペグはほとんど刺さらない。

食糧袋を吊るすロープがまた高い枝に引っかかって取り外せない。ロープを切って山に放置しようと考えたが、気を取り直して手を尽くしたのちに外す。ここ最近ロープがうまく扱えないのでわたしはしょんぼりする。代わりにのらさんが明るくせっせと食事の準備。わたしがロープと格闘している間に、テントの中でまたダニを見つけたいう。

ツナ入りじゃがいも、わかめとチーズ入り鶏だし味らーめん。岩場に立って太陽が沈みかけている森の風景を、歯ぶらしで歯を磨きながら眺める。まだ強い風が吹き続けていて、木々がごうごうと音を立てている。夜になってまた岩場の前に立つと森は真っ暗、その向こうには町の灯り。