その32

夜中、目覚める。志ん生を聴く。居残り佐平次お血脈

起きる。外は明るい。とうもろこし粥とシナモン味の饅頭のような菓子を食べる。「寒くなくて雨が降ってない朝は楽だなあ」とわたし。

歩きはじめる。穴を掘って出す。のらさんが、わたしの巾着袋の中から梅干しの種を見つける。梅干しを食べたのは2日前、夜はテントのなかに持ち込まれていたということ。昨日は熊除けにわざわざテントから離れたところでご飯を食べたのに、まったく意味がない。減点1万5千点。

ぬるい空気となだらな山みち。厳しいみちではないけれども、わたしは疲れが取れずにいて体がだるい。のらさんはとても眠そう。

薄平パンに甘いナッツの塗りものを塗って食べる。足りないのでもう1枚食べる。あら塩つきのビスケットをだらだらと食べ続ける。その後でまた穴を掘って出す。長い休憩。

小さな黄色い花がいちめんに咲く草原。遠くの方で音楽がなっている。やがてテントがたくさん立っているのが見え、人がたくさんいるのが見えてきた。だだっ広い草原のまんなかで宴会が行われている。
ヒップポップやロックミュージックが大きな音で流れ、人びとは輪になってトランプをやったり、フリスビーをしたり、ビールを飲みながら歓談したり寝転がったりしていて、なんともピースな雰囲気。
私たちはおそろいのTシャツを着た人たちに歓迎された。きらきら光る首飾りを首に掛けられ、何でも好きに食って飲んでテントを立てて夜じゅう楽しんで過ごしてくれと言われる。わたしはビールを4本飲み、のらさんは2本飲み、野菜サラダとクラッカーとスナック菓子を食べた。
だいぶくつろぎ、そろそろ出発しようとザックを担ぐと、おそろいのTシャツを着た人たちがわらわらとやってきて「どうして行ってしまうんだ。急ぐ必要はない」とか「晩飯も朝食もあるぞ。食べていったらいい」とか「こんなに良いところはもう他にはないぞ」とか「どうかここにいてほしい」とさかんに引きとめようとする。行くも留まるも本人の自由なのだから、こんな風に言われてびっくりしてしまう。
迷う。人びとと触れ合っていたい気持ちと、静かに過ごしたい気持ちと半々。先に進むことに決める。
歩きはじめる。華やかな場所は去りがたい。わたしは立ち止まって「戻るか?」と言う。そこでその場に座り込んで、しばらくの間ふたりで遠くの賑やかなテント村を眺める。やはり歩きだすことにする。

ビールをたくさん飲んだせいでだるくなった体を引きずるようにして歩く。へら鹿さんがトレイル沿いにテントを張っている。「君たちもあのパーティを逃げ出してきたんだね」

テントを張るほどの平らな場所が見つからず、日が暮れるまで歩く。のらさんが「ランナウェイ」を歌う。

テントを張り、甘い麦粥と干しごぼうが入った玄米汁を食べると、すぐに辺りが真っ暗になった。