その110

夜が明けかかっている頃に起きる。蚊はもう起きていて元気に飛び回っている。テントをたたむ。栄養いっぱいのお菓子は一本しか残っていない。半分ずつ食べる。

岩場の道を下り、車道に出る。車道に沿って歩く。大きな体育館のような建物、広い芝生、学校、野球場。やがて信号が見え、こじんまりとしたこぎれいな建物が並ぶ通りに出る。食堂、工芸品店、ギャラリー、本屋、コーヒーとチョコレートの店。山麓にある、洗練された町。通り過ぎる車は高級車が多く、人びとはおしゃれで表情は朗らかに見える。

コインランドリーに行く。洗濯物が洗われ、乾かされている間に店先に座り、コーヒーをゆっくりと飲む。のらさんはレーズンの入った蒸しパン、わたしはいく種類かの種や実が入った甘くて固いケーキを食べる。この甘さが苦味のあるコーヒーによく合う。ゆっくりと堪能する。店先やすぐそばの芝生にテントやザックや寝袋をひろげて乾かす。

スーパーマーケットに行く。洗練された町にあるせいなのか、値段は高い。三日分の食糧を買う。おいしそうなナッツや種、干し果物がたくさんあるのでたくさん買う。

コーヒーとチョコレートの店に行き、たっぷりのコーヒーを飲む。店内で日記を更新する。のらさんは生姜にチョコレートをかけたもの、オレンジの皮にチョコレートをかけたもの、レーズン入りのクッキーを食べながらコーヒーを飲む。

またスーパーマーケットに戻る。昼飯を買い、日陰のベンチに腰掛けて食べる。骨つき豚肉を甘辛く煮たものと豆ごはんが入った温かいお弁当、お米のプリン、トマト汁。骨つきの豚肉にかぶりつく。身をはぎ取り、柔らかい赤身と白身をよくよく噛んで味わい、骨に近いこりこりとした、またはぐにゃりとした軟骨の部分もよく噛んで飲み込み、骨にこびりついている薄くて白い皮膜のようなものもくまなく削ぎ落とし、残った骨をしゃぶりつくし、甘辛だれがべったり残った口の中にトマト汁を流し込む。そのあとにシナモンと砂糖がたっぷり入った濃厚な甘さの、ねっとりしたお米のプリンを食べる。これでお腹いっぱい。

町の簡易便所に行く。便所は二つ並んでおり、ふたり揃って入って並んで出す。今日も快便。

居心地の良い町と、美味しいコーヒーとの名残りを惜しむ。車道を歩き、トレイルに戻る。川で水を汲む。少しばかりの急な登り、緩やかな尾根道、激しい岩場の下り。幅の広い、水量の多い川が見え、川沿いの砂利道を歩く。無数の黒い虫が目の前を飛び回り、何匹かの蝿が耳元を離れない。のらさんは虫除け網をかぶり、わたしは帽子を振り回しながら歩く。少しでも手を止めるとあっという間に目の前が虫だらけになる。いっときも休ませてもらえない。

砂利道の脇には、何年も生き続けてきたがもはや朽ち果てようとしている、太くて乾いた幹の木が立ち並んでいる。木々の間から夕陽が射し込んで森を照らしている。

川沿いにある小屋に着き、小屋の近くにテントを張る。大きな川に流れ込む手前の、ちょろちょろと流れる沢の水を時間をかけて汲む。大きな川の対岸には線路があって貨物列車が轟音と共に通り過ぎていく。

めしの準備をする。虫だらけ。列車のせいか、虫のせいか、この小屋はまったく人気がない。ここにいるのはわたしたちだけ。

サラミ入りじゃがいも、乾燥トマト入りハーブご飯を作って食べる。買ったばかりのアルコールストーブの火の揺らぎを眺めて楽しむ。食べている途中に、パンケーキさんとライトレーンさんがやって来て賑やかになる。

虫から逃れるためにテントの中に入る。のらさんの足や足首に蚊ではない虫が噛みついたようで赤く腫れている。テントの中は蒸し暑い。夜が更けると少しだけ涼しい風が入り込んでくる。