その108

明け方頃に起きる。栄養いっぱいのチョコレート菓子を食べる。便所で出す。便所にはおが屑がバケツにたくさん入っていて、した後にこれを掛ける。臭いがこもらない。

歩く。わたしたちは北に向かって歩き続けているが、北から南に向かって歩いているハイカーもいて、このところ彼らによく出会う。このトレイルは今、人が交差する季節である。

今日は日曜日、日帰りのハイカーも向かいからたくさんやって来る。みんな犬を連れている。シェパード、シーズー、トイプードル、ゴールデンリトリバー。ゴールデンリトリバーは毛を刈られてまだら色。みんな紐につながれておらず自由に駆け回る。

わたしは石や根っこにつまずいて前につんのめることをたびたび繰り返す。つんのめって転びそうなところを踏ん張ったり、跳ねて着地したりするのは、普通に歩くのの五倍くらいの労力を使うからあまり気分はよろしくない。そこで、つまずくたびに「おおーっ」と叫んでみると、失った労力を取り戻せる気がして気分がいいからこれからはこれでいくことにする。これは昨日向かいから来たハイカーがやっていたことの真似。

昨日はたっぷり食べたはずなのだが、ふたりとも腹がぐうぐうと鳴る。薄平パンでチーズと落花生バターを巻いたものを食べる。

山みちを抜け、草原地帯に架かる木道を歩く。日射しをじりじりと浴びる。

木道を抜け、車道に出る。車道沿いにある植木を販売している店に立ち寄る。シャワーを借りる。「外に付いているシャワーは水で、ただで使っていい。室内のはお湯で5ドル」と店員が言う。のらさんはお湯、わたしは水を選ぶ。のらさんはお湯を浴びた後にさっぱりした表情で戻ってくる。「たとえすぐに汗まみれになるとしても、これは必要なこと」
外のシャワーは仕切りがなく、ただ外壁にシャワーの器具が取り付けられただけのもの。外は炎天、陽をさんさんと射しているなか水のシャワーを浴びるのはさぞかし気持ちがいいだろうと蛇口をひねってわたしは叫びそうになった。あまりにも水が冷たすぎる。これは氷水。わたしは気合いを入れて体を濡らしては日射しを浴びて乾かし、濡らしては乾かし、その後で手ぬぐいを濡らして体を拭く。蛇口をひねるとその度に小さな虹ができた。

インターネットで購入した荷物を受け取る。わたしの新しい靴、のらさんの羊毛のティーシャツ、アルコールストーブ。約二ヶ月半履いた靴とはお別れ。両側面は破れて大きな穴が開き、靴底はつま先の部分から剥がれかかっている。のらさんが着ていたティーシャツは限界まで薄くなっており、脇の下を中心に無数の穴が開いている。のらさんはこれの腕の部分を切り取って腕カバーにすると言う。アルコールストーブは今までのもので充分使えていたのだが、違うものも使ってみたいというだけの理由で買ったもの。火と、火の道具を扱う時、とても浮き浮きする。

建物のなかのソファに座り、ベーグルを食べ、クランベリー汁を飲む。気持ちが緩んで眠くなる。猫がわたしの膝の上に飛び乗る。この猫とじゃれていたのらさんはその後で首のあたりが無性に痒くなりハッカ油を塗る。外に出て販売されている植木を見て回る。ベリーだけでも様々な種類がある。山で見るのとは違う、大きな実が成っている。

歩く。草原の一本道を登り、森に入る。体が重く、ふらふらになる。水を飲み、干しマンゴーをかじる。

泊まるつもりでいた小屋に辿り着く。キャンプをしに来た青少年で溢れている。隅のほうに張ろうかと考えていると女性ハイカーが来て、これから先、山を下ったところにテントを張れるところがあるよと教えてくれる。山を下ると川が流れているところに平らな場所があったので、そこに泊まることに決める。

湯を沸かす。新しいアルコールストーブを試す。炎は静かで充分な火力、前のよりも火をつけるのが楽で燃費もいいと思われる。「これは優等生。今までのは火は暴れるし、日によって火の調子が変わって扱いにくかった。でも後できっと恋しくなるだろうな」ミンチ豚肉入りじゃがいも、甘辛だれのご飯を食べる。

男性二人組のハイカーたちがやって来る。一緒に食事をする。彼らの食事は、薄平パンにツナを巻いたもの、商店で買ったサンドイッチ。彼らは調理道具を一切持たない。山のなかでは冷たい食事で済ませ、町に降りた時に温かい食事を摂る。

親子連れの、おおきなかわうそかのような、黒くぬめっとした動物が森のなかを走り抜けて川に入り、また森のなかに戻っていく。薄暗くなるなかテントを張り、わたしは食糧を木にぶら下げ、のらさんは水を汲む。テントに入って横になり、水の流れる音を聴く。