その87

ぐっすりと眠る。明るくなってから起きる。涼しい風が吹く。テントをたたみ、栄養いっぱいのチョコレート菓子を食べる。穴を掘って出す。

歩く。トレイルを横切る蜘蛛の糸を絡め取りながら。これはいつものこと、でも今日は特別おおく、わたしの顔は蜘蛛の糸だらけ。わたしが切った後、ぶら下がって風になびいた糸がのらさんの顔にも絡みつく。

舗装路に出たところにある駐車場でテーブルと椅子が並べられ、ハイカーたちで賑わっている。四人の男女が食べ物を振る舞ってくれている。わたしたちが着くとホットドッグをつくってくれ、ドーナツとコーヒー、甘い炭酸水、手づくりのりんごパイとチェリーパイ、これも手づくりの乾燥りんごを頂く。パイはごろっと入っているりんごやチェリー、それに砂糖でべっとりと甘い。乾燥りんごは噛むほどに果汁がにじみ出てくるようでとてもおいしい。小さいオーブンのような機械で半日かけて作るのだという。「帰ったらこれをたくさん作ろう。乾燥野菜もたくさん作ろう。乾燥させると軽いし長持ちするし味は良くなるし、どんどん作ろう」とわたしはのらさんに言う。食べ物を振る舞ってくれた女性は、砂糖を摂らない生活をしているのだという。「ハイカーはカロリーが必要だから」と言ってチョコレート菓子をくれた。

昨日のごちゃごちゃした狭い森に変わり、今日は空間のひろい、爽やかな色の森。足元は相変わらず岩でごつごつ。昨夜はたっぷりと寝たので体が軽く、さくさくと歩ける。体を動かし続ける心地よさを感じる。「久しぶりに甘いものをたくさん食べたなあ。歩いてるとどんどんお腹の中で消化されてく感じがしていい」とのらさん。「体を動かしつづけるのが人間として自然な状態なんだ。人間は獲物を捕らえるために長く走り続けたから脳が発達したという話を昔、本で読んだ事があるぞ」とわたし。

曇り空。遠くのほうで雷が鳴りつづけている。犬を連れた若いハイカーが石の上に座って小さな音でハーモニカを吹いている。ぜんぜん吹ける様子ではない、おそらく歩いている途中にどこかで買って、練習をはじめたのだ。となりに座っている犬は静かに草を食べている。

川で水を汲む。行動食を食べる。ひまわりの種、ナッツ、乾燥バナナ、アーモンド。

爽やかな森は終わり、また狭くて暗い森を登る。体から疲れがにじみ出るようである。

のらさんが虫を殺そうとして手を叩く音が響く。草木がぼうぼうの山のなかでなんとか場所を見つけてテントを張る。土の下は岩でできている、ペグがなかなか刺さらない。

オリーブ油とミンチ肉入りじゃがいも、乾燥野菜とにんにく入りご飯。にんにくは買ってから一ヶ月ぐらい経つが、最近になってにんにく臭がどんどん増しているようである。腐る手前。にんにく臭のご飯はとてもおいしい。野菜汁と紅茶。座って食事をしているあいだに体がかちんかちんに固まり、立ち上がって歩くのに難儀する。のらさんは足の裏が痛み、わたしは足首とふくらはぎの肉が疲れている。