その81

夜中に起きる。のらさんも起きて、寝ているあいだに背中に何かできたというので見てみると、虫に刺された跡のようなものがある。わたしは右手の中指と薬指のあいだが猛烈に痒くなっている。両方とも吸盤器で吸い、軟膏を塗ってから寝袋に入る。

まわりの人たちがさごそと片付けをしている音で目が覚める。外はもう明るい。起きる。テントをたたみ、栄養いっぱいのチョコレート菓子を食べる。昨日の夜遅くにやって来た人たちはまだ寝ていたりご飯を食べていたり、もう出発してしまった人もいる。

森のなかを歩く。長い間咲いていた、白にピンク色の模様が入った花びらの花はもうほとんど枯れていて、それとは別の色々な種類の花が咲きほこっている。「一年を通して同じ森を見つづけたいなあ。いまは全部通り過ぎちゃうからなあ」とのらさん。「高くまっすぐに伸びている木の森は、光が射し込んで森が明るく見えるから好きだ。だけど食糧をぶら下げる枝を見つけるのに苦労する」とわたし。

別荘のような人気のない建物が点々と建っている森を抜け、舗装路を越える。そこは広い公園のようになっていて、川や湖があり、ベンチやシャワー室や売店など、人びとが楽しく過ごすための施設が整っている。

売店に行く。何人かのハイカーが、おおきな容器に入ったアイスクリームを食べている。1kgほどのアイスクリームをぜんぶ食べるのに挑戦する、というのがこの店を通るハイカーの恒例行事になっている。完食できたハイカーはとても名誉のあるノートブックに名前が残るという話である。半年もの間をただただ歩いて過ごすというような生活をしていると、こういった馬鹿馬鹿しい事に挑戦したくなる気持ちは簡単に湧き上がってくるものなのである。そこでわたしたちも挑戦しようか散々迷うが、わたしは胃がまだまだ病み上がりの状態なので食べるのをこらえる。かわりに最近控えていた、大好きなチェリーとチーズ味のあまあまパンを食べようとするがこれもこらえ、卵とベーコンが挟まったハンバーガーを注文する。のらさんも何とかアイスクリームを押し退けて、卵とチーズが挟まったハンバーガーを注文する。出てきたハンバーガーは卵のたくさん入ったたいへんおいしい味のもの。「砂糖とたんぱく源が並んでおいてあるなら、たんぱく源を取るに限る」とわたしは得意げに言う。アイスクリームを食べきったおおきな体の、小さなサンタ君がわたしたちの前でごろっと横になり、「砂糖の摂りすぎだ」と苦しそうな表情で言った。

このトレイルの博物館がすぐ隣にあったので寄る。トレイルが出来上がるのに貢献した人たちの写真、古い看板、何十年も前に歩いた人が使っていた道具などが飾られている。

自然のなかで過ごすことを楽しむ人びとで溢れる公園のなかを通り過ぎる。広場でくつろぐ人たち、湖で泳ぐ人たち、同じ絵柄の赤いTシャツを着た子供たちと彼らを引率する青年たち。

静かな山みちに戻る。薄平パンに落花生バターとチーズを巻いて食べる。雨がぽつりぽつりと落ちては止み、また落ちては止む。「この森は一定の湿度を保たないと気が済まないみたいだな」

トレイルは舗装路や線路を越え、また並行しながら続く。まっすぐの一本道にぽつんとあるタイヤ屋、線路に残された古い貨物車両を横目で見ながら歩く。

のらさんがトレイル沿いにラズベリーの実が成っているのを見つけ、熟れているのを丁寧に摘み取って口に運ぶ。甘くなく、種が硬くて口に残る。

小川沿いの、暗くて虫が多そうなところにテントを張る。気が乗らない場所だが、この先の山の様子から、しばらく先まで良いテント場は見つからないだろうという判断である。テントを張っていると、となりのハンモックで寝ていた若いハイカーが起き上がってハンモックをたたみ始め、これから夜のなかを歩くんだと言って去っていった。

虫除けのために小さな火をおこす。枝が濡れていて火はすぐに消えてしまうが、煙が虫を遠ざけている。上からアルコールを注ぐとぼおっと音がして火炎放射機のような鋭い炎が舞い上がり、炎は一瞬アルコール容器のなかにまで達して火の粉があたり一面に散った。
じゃがいもにオリーブ油をかけたもの、アメリカ南部のスパイスとうどんつゆの素とミンチ豚肉を混ぜた白米を食べる。小さなサンタ君が通りかかって、チョコレート菓子をくれた。

のらさんは川で手ぬぐいを濡らして体を拭く。服の上をダニが歩いていたというので他に体についていないかをお互いに確認する。今日の夜中に猛烈に痒くなった私の右手はぷくぷくに膨らんで赤ちゃんの手のようになっている。濡らした手ぬぐいをしばらく手に巻いているといくぶん腫れはひいたようである。テントの中は湿気とわたしたちの汗と汗が腐ったような臭いでむっとしている。ピーター・バラカンさんのラジオを聴きながら寝る。