その65

明るくなり始めた頃に起きる。テントの中でバナナとりんごと白いパン。寝袋とマットとテントを乾かしてからザックにしまう。教会の団体の建物に行ってキャンプをさせてくれたお礼を言う。

歩きはじめる。りすが走り回る住宅地を抜け、人気の少ない繁華街を抜け、農産市をやっている公園を抜け、たくさんの人で賑わっている朝食を提供する食堂を過ぎ、町はずれに出て道が広くなり車が増える。ガソリンスタンドにくっついている小さい食料品店の店先に腰をおろしてコーヒーを飲む。のらさんはドーナツを食べる。車が次々とやってきてはガソリンを入れ、または買い物をし、去っていく。車に乗る人たちはジーンズを履き作業着を着ている。ここで生活をしている人たち。わたしと目があうと軽く挨拶をしたり、話しかけてきたりする。「ここでじっと通り過ぎる人たちを見てるのは新鮮だなあ。たまには日がな一日、こんな所に座って過ごすのもいいなあ」

郊外を出て道が狭まり、まっすぐな田舎道になったところで車に合図を送る。1分も経たないうちに車が止まる。荷台に釣り道具がたくさん積んである。50歳くらいのおじさん。釣った魚はあまりうまくないと言う。

トレイルの入り口で降りる。山に入ると看板がある。国立公園の入り口。登録用紙に名前を記入、名札をつける。
この公園内はトレイルと有料道路が並行し、道路沿いには食堂や食料品店、キャンプ場などが併設されている。ちょっとした観光地。

トレイルを歩きはじめる。観光地といえども森に入ればいつもと変わりのない風景。草ぼうぼうでも岩だらけでもない、濃い緑の、緩やかな山みち。気温が高く、もわっとした澱んだ空気。「夏の山の匂いがする」とのらさん。

遠くの山々がよく見える草むらに腰をおろして、昔懐かしい味の茶色いパンを食べる。ピクルス味のソーセージと塩味のナッツを食べる。鹿がトレイルを歩いている。

時々、軽装の日帰りのハイカーとすれ違う。彼らはみんな洗剤の匂い。服を洗濯したてなのか、体に染みついているのか。車やバイクがすぐ近くを通り過ぎる音が聞こえる。

今回の行動食はナッツとレーズン、ひまわりの種、干し果物が混ざったもの。ざざっと手のひらに出して、ひとつひとつを味わいながら食べる。自然な甘さ。

腰くらいの丈の植物に、緑色の小さな実がたくさんくっついている。「ブラックベリーかも。6月終わりくらいに食べられるようになるって聞いたよ」とのらさん。
トレイルからちょっと離れた林の中の、落ち葉が積もっているところにテントを張る。わかめとチーズ入りの、焼き鶏だし風味のらーめん、余った汁に白米を入れて食べる。コーヒーを飲む。

テントのなかは暑い。外にマットを敷き、涼みながら日記を書く。たくさんの蟻が体じゅうとマットのうえをせかせかと歩き回る。蚊を何匹か殺す。テントの中も蟻だらけ。あたりが暗くなってきて蟻の姿が見えにくくなる。風の音と、蚊が飛ぶ音だけが聞こえる。

がさがさと音がするのでテントから顔を出すと鹿がいる。懐中電灯の光で目がぴかっと光る。テントの目の前で草をはむはむしている。時々顔をぱっと持ち上げてあたりを見回し、またはむはむに戻る。「近くに鹿がいてくれると安心」とのらさんが言う。