その56

部屋のなかだから、朝になっても明るくない。しかしいつもの時間に目が覚める。もっと寝ていたかったが眠れそうにないので起きる。

宿の食堂に行く途中、ニモさんにばったりと会う。半月前に足を痛め、いったんはトレイルを断念したが、再び戻ってきたのだ。前の町からここまでを3日で歩いたとうれしそうに言う。これはわたしたちが6日間かかった距離。

食堂で炒り卵、ソーセージが入った小麦粉粥、シロップをかけたワッフル。オレンジジュースに牛乳を混ぜて飲む。たくさん食べたわけではないのに、突然お腹がいっぱいになる。

部屋に戻り、昨日食べた食事の残りを薄平パンに巻いて食べる。さらにお腹が膨れあがる。

宿を出発する。快適な空間との別れ。

宅配便会社の事務所。荷物を送る手続き。この何日かで気温があがった。暑い時期は必要のない衣類を遠くの町まで送って、荷物を軽くしようという訳。ダウンジャケット、ダウンパンツ、厚手の服と靴下、不要になった地図や小物を箱に入れる。

ガソリンスタンドにくっついている売店。町を去る前にうまいものを食べて気合いを入れようという腹。わたしはチェリーとチーズのあまあまパン、のらさんはアイス最中。これでわたしのお腹は完全にぱんぱん。

トレイルを歩きはじめる。陽が照り、すぐに汗が噴き出す。のらさんは日傘をさして歩く。空が曇って雨が降り、濡れる。町を出てから1時間で、わたしたちの体は汗と雨にまみれたいつもの状態。

穴を掘って出す。2人とも、いつまでたってもお腹の張りがなおらない。「このままでは太って帰ってしまいます」のらさんが神妙な顔つきで言う。わたしはお腹がぽっこりと出ている。「これからしばらくは精進料理だ。断食だ。ラマダンだ」とのらさん。

雨は降ったり止んだり。なだらかで気持のいい森。梅と桜を足したような雰囲気の、薄いピンク色に赤い模様のある五角形の花。しもぶくれていてぶつぶつで、目の横にピーナッツの形の吹き出物がある蛙。オレンジ色の、やもりのような小さな生き物。これははのらさんのお気に入り、見つけるたびに「ちび太」と呼びかける。そして他のハイカーに踏まれないよう、手にとって茂みに戻してあげるのである。体長は7、8センチくらい、オレンジは蛍光色で腹に黒い斑点がある。触ると柔らかい。小さい手足でくねくねと動く。「これはなんて形容したらいいか」と訊くと「グミ」と言った。

水を汲む。テントを張る。まだお腹は張りっぱなし。小さなげっぷが出ると、げっぷが出た出たと言ってふたりして喜ぶ。「赤ちゃんみたいだな」とのらさん。朝食用の麦粥のなかに、たくさん栄養が入っているから牛乳などに混ぜて飲むと良いよと袋に書かかれているバニラ味の白い粉を入れて食べる。ほとんど流動食。「病人みたいだな」とのらさん。チーズ、栄養いっぱいのお菓子。

雨は相変わらず降ったり止んだり。まだ明るいうちから、のらさんは眠い眠いと言って虚ろな表情。暗くなったのと同時に寝る。