その28

夜中、テントに当たるばちばちという雨の音、かさかさという雪の音を聞く。

目覚める。が、寒くて寝袋から出られない。出る。草や木やテントがうっすらと白い。食糧袋をぶら下げているロープが凍っている。

シナモン味の麦粥とたんぱく質たっぷりのお菓子を食べる。ペットボトルの中の水は少し氷が混じっていて、口に含むと口の中がしゃりしゃりする。

眠っているあいだ着込んでいたほぼ全部の服を脱げない。そのままの格好で歩きはじめる。ゆっくりと登る。木に積もっている雪の白が濃くなっていく。水を汲む。

舗装路に出て、駐車場にあった便所に寄る。便所はコンクリートでできていて中は広い。ハイカーの男性が便所のなかに荷物をひろげていて、わたしが便所に入ろうとしたらあわてて外に運び出す。ここに泊まっていたのかもしれない。

ここからは広い草原地帯。辺りいちめんの草が真っ白に凍っていて、それがどこまでも続いている。寒さでのらさんのスマートフォンが真っ暗のままなにも反応しなくなった。細かい雪が降り始め、霧のなかを歩く。霧から出るとトレイルが遥か先まで続いているのが見えて、その先はまた雲に隠れている。吹きさらしのなかの道を登り、下り、また登る。気温は朝起きた時のまま。

森にはいって雪と風がおさまったところで休憩。薄平パンにナッツココアをたっぷり塗りつけたものを2枚ずつ食べる。ナッツココアはかちかちで掬いとるのに難儀する。
森に入って穴を掘って出す。寒さのせいかお腹がゆるい。
また一帯が草原、坂を息を切らして登る。空は青空で気温が上がっている。私たちはまだ朝のままのぶくぶくの格好で、今度は暑くてふらふら。

森に入り、森を抜け、草原地帯に出る。そのとたんにもくもくと空が曇ってきて、やがて細かい雪が降り出してくる。「ヨーグルトのおまけに入っている砂糖みたいな雪だ」とわたし。

草原のなかを登り始めると、とんでもない強さの風が横から吹いてきて、まっすぐに歩けなくなった。トレイルから押し出され、蛇行する。口が開き、よだれを垂らしながら、足を前に出す。前方は雲の中で、これがどこまで続くかもわからない。
わたしは立ち止まって「むかつくなあこの山は!」と叫ぶ。叫んだら元気が出たので喋りながら登ることにしたが、ずっと左側から強烈な風を受けていたせいで左の頬と顎がうまく動かない。

やっとのことで山のてっぺんと思われるところに出る。とつぜん風がぴたりと止んで静寂。「これは霧が晴れて天空の城が出てくるパターンじゃないか」とのらさんが言うが霧は晴れず、かわりにまた砂糖が降り始め、そのうち本格的な雪になり、さらにまた風が加わって横なぐりの雪が顔に刺さる。体の左半分が白くなる。「右からにしてくれ。左はもういい」わたしは叫ぶ。

前方に森が見え、私たちは吹きさらし状態から解放された。泥のぬかるみとつるつる滑る岩の道。雪は雨に変わった。

ビスケットをナッツココアにつけて食べる。水を汲む。
ここからはぐんぐんと下り坂。高度が下がるにつれて、空気がぬるくなる。

草木に埋もれた平地にテントを張る。ツナ入りじゃがいもと、ハーブとバター味のごはんを食べ、コーヒーにウィスキーを垂らして飲む。

雨はしとしとと降り続き、傘をさして立ったまま飲み食いする。しかし風は吹かないし寒くないから辛くはない。