その100

夜中、眠れない。志ん生のたいこ腹、巌流島、芝浜、中村仲蔵

明るくなる頃に起きる。クラッカーを食べる。

歩く。徐々に車の音が大きくなり、広い舗装路に出る。たくさんの車が行き交っている。

舗装路に出たすぐのところに商店と食堂を兼ねた店があることをわたしたちはガイド本で知っており、ここで朝食と食糧補給をするつもりだったのだが、着いてみると看板はあるものの建物の中は空っぽで、「一時休業。めしと食料はとなりの店で」と書かれている。となりの店に行ってみると開店まであと三時間くらいある。そこで反対方向に道なりに行ったところにあるという食堂を目指して歩きはじめたが思いの外遠く、また通り過ぎる車の轟音がいちいち耳障りでもう食堂は諦めかけたところに、野菜や果物を売っている露店が出てきたのでそこでりんごとバナナ、砂糖が上にたっぷりのったりんごパイを買って食べる。この先にある食堂と食糧補給はあきらめることにする。わたしたちは町に降りるとまず第一にコーヒーが飲みたいという人間であり、ここでコーヒーが飲めないというのは辛い決断であるが、最近わたしたちはあまりにも前に進んでいないので、この舗装路歩きで時間を取られたくないという判断である。

トレイルから少し離れたところに無料で使えるシャワーがあり、ここに立ち寄るつもりだったがこれも止めて通り過ぎる。

水たまりが少し動いているな、という程度の小さな沢の水を汲む。漉してみると茶色い水。土や菌は除去されているから飲めないことはない。しかし何となく捨てる。かつては、あるいは別の季節には水が流れていたのだろうが今は涸れている、という沢の跡地を何度も通り過ぎる。

きつつきを見つける。きつつきが木を叩く音はよく聞くが姿を見るのは初めて。遠く離れていてあまりはっきりとは見えない。顔か頭が真っ赤、倒木に向かってこっくりこっくりしている。

小屋に着き、小屋の近くをちょろちょろ流れる水を汲む。汲んでいる最中に、熊が小屋に向かって歩いているのを見える。先日みた熊ほど大きくはない、肩ががっちりしていて体格が良い。小屋にはわたしたちの食糧があって取られると困るから、のらさんが小屋に戻ってホイッスルを吹いたりペットボトルをべこべこ鳴らしたりすると、熊は引き返していった。

「最近何もかもうまくいかない。おれの判断が全部間違っている気がする」とわたしは言う。コーヒーは飲めず、食糧補給がうまく出来なかったせいで気がくさくさしているのだ。わたしは自分の言うことが自己憐憫に聞こえ始めて喋るのも嫌になり、ただやみくもにがしがしと歩くことに決める。そのあとで「ここはどこに行っても道路は近いし、森は狭いし、相変わらず岩ばかりだし、蒸し暑いし蚊は多いし、町もあまり好きになれないし、物価は高いし、小屋周りでテントを張れとかアルコールを使うなとか色々看板があって気持ちが窮屈になる。おまけに熱は出るし店は閉まってる。この辺は気分が乗らないから一気に歩いて、早いところ通り抜けてしまおう」という話をする。

わたしたちが挨拶をしても無視し続けるむかつく野郎君が久しぶりにわたしたちに追いついてきて、またわたしたちを無視していった。

小屋で休む。容器に入った大量の水が置いてあって「これを使ってください。水場は遠いから」と書いてある。水を頂く。栄養いっぱいのチョコレート菓子を食べる。ノートに「わたしたちの荷物は今とても軽いです。なぜなら当てにしていた店が閉店していたから」と書く。

次の小屋に着く。先に進みたい気持ちがあるが、まだ無理をしないほうが良いと判断し、ここでテントを張る。また少し動いている程度の水を汲む。ミンチ豚肉入りじゃがいもと、カレー味の辛くて黄色いご飯を食べる。ここには熊に食糧を取られないよう鉄で出来ている箱が設置されている。その中に食糧袋を入れる。寝る準備がととのったところに続々とハイカーが到着する。二ヶ月ぶりにわたしたちに追いついたハイカーと少し話をする。頭が少し痛む。皆が賑やかに食事をしている声を聞きながら、テントの中で横になる。