その106

明るくなってから起きる。テントをたたむ。栄養いっぱいのチョコレート菓子を食べる。穴を掘って出す。

根元近くからばっきりと折れた木がトレイルを塞いでいる。葉っぱはまだ青く、折れたばかりの幹の匂いが漂う。つい最近まで元気に生きていたような木。このような木が何本もある。

舗装路に出たところにガソリンスタンド、そこにくっついている売店で休む。売店には厨房があって調理人がてきぱきとサンドイッチを拵えている。のらさんはハムとベーコンと卵をパンケーキで挟んだもの、わたしはハムとベーコンとたっぷりの卵が入った特大サンドイッチを頼む。店頭にある椅子に腰掛けて、苦味のあるコーヒーを飲みながら食べる。「ここは天国だ」とのらさん。「昨日がんばって歩いた甲斐があったなあ」とわたし。

食べているとアーカンソーさんがやってくる。何日か前、わたしが山の中で寝込んでいるときに燃料用のアルコールをくれた人。のらさんが飛び上がって喜ぶ。彼女は昨日、動物園のある町に泊まったとのこと。「町で過ごすのはとても素晴らしいこと」とうっとりとした表情。彼女はとても洗練された雰囲気を持っている。パウンドケーキを上品に食べ、甘い炭酸水を飲んで颯爽と旅立っていく。わたしたちはまだ何か食べたくてうずうずしている。

パウンドケーキをふたつ、のらさんは野菜汁、わたしはビタミン水を買い、また店頭で休んでいると今度はポロシャツを着た若い男性ハイカーがやって来る。「自由気ままに歩くんだ。一日何マイル歩くとかどうだっていい」と彼は言う。煙草の葉っぱを取り出して巻き紙でゆっくりと丁寧に巻き、フィルターを巻き紙の端にに押し込み、口にくわえ、「これから車を捕まえて町に行く」と言ってガソリンスタンドに向かって歩いていった。彼の煙草を巻く動作がとても優雅に見えて、わたしも無性に煙草を吸いたくなる。

歩きはじめる。暑い。すぐに汗が噴き出す。「喉は渇いている。でも腹はビタミン水でたぷたぷである。この場合、どうしたら良いのか」やはり喉が渇いているのはよろしくないと判断し、水をたっぷりと飲む。

今日は歩きはじめてから今までで一番暑い日のように感じる。「サウナの匂いがするぞ」とわたしは言う。「サウナに使われてる木材の匂いがする。木も暑いんじゃないのか」

沢の水は涸れていることが多い。水があるところを見つける。しかもちょろちょろではあるが流れている。「水が流れているというのはなんて美しいんだ」と言いながらたっぷりと飲み、持っている水筒ぜんぶに水を入れる。帽子を濡らして被る。

ごつごつした岩の道でもなく、よじ登る岩もない。ゆるやかな登り下りを繰り返す歩きやすい道。汗が体じゅうから流れる。立ち止まって水を飲む。暑いなかを無闇に歩いているとだんだんやけくそな気分になってきて、黙々と、ざくざくざくと足早に進む。わたしはこのやけくそ気分が大好きである。「今日はただ暑いだけだからまだ楽だよ。本当の敵は湿気だよ」とのらさん。空が白い雲に覆われ遠くで雷がなる。しかしすぐにまた青空に戻った。

舗装路沿いに小屋があり、小屋に水道の蛇口があるので水を汲もうとすると、その近くにいくつかのりんごとビタミン水が置いてあるのを見つける。心優しい人に感謝する。わたしは芝生で上半身裸になる。服を乾かし、体を乾かす。ビタミン水をぜんぶ飲む。のらさんはりんごを食べ、ビタミン水を半分飲む。

歩いていると遠くで車が走る音が聞こえる。「これは車の音か、それとも水が流れる音か」とのらさん。「そういえば昔、水の音か風の音か判断がつかなくなったことがあったなあ」「水が流れる音をしばらく聞いてない。水の音が聞きたい」とわたし。

おおきな敷地内に、小さな湖とビーチ、たくさんの何らかの施設、キャンプ場がある。ここでテントを張る。トレイルからキャンプ場までけっこうな距離を歩く。水場も遠く離れている。わたし一人で水筒を背負って汲みに行く。そのあいだにのらさんがテントを張り、シャワーを浴びる。ここは皆車で移動するところ。わたしはひとり車道の隅を歩きながら、イヤホンでジェームス・ブラウンを聴く。久しぶりに大音量の音楽を耳に流し込む。

水汲みから戻ってわたしもシャワーを浴びにいく。便所のなかにシャワーが使える空間がある。入り口には「この水には塩が含まれているから飲めません」と書いてある。蛇口を回すと水しか出ない。これだけ暑くても夕方になると冷たい水を浴びるのには気合いがいる。汗を流し、靴下を洗う。靴下は絞っても絞っても茶色い水。

テント場は木々に囲まれた草むらの中。地面と、その横にあるテーブルと椅子、全てが斜めに傾いている。のらさんは頰っぺたを蚊に食われている。ミンチ肉入りじゃがいも、鶏だし味ご飯を食べる。汗が流れる。食べているあいだに辺りは真っ暗になり、蚊と汗で体じゅうが痒くなる。

テントに入るとサウナ室になっている。わたしものらさんも、ほとんど裸同然で過ごす。のらさんの足首のあたりがぽっこり膨らんでいる。のらさんは暑い時に水を飲み足りないと、体じゅうがむくんでしまう。

すぐとなりは高速道路で、車の走る音がいつまでも聞こえる。服を着て横になる。寝袋のなかに入るのはもちろん、体に掛けておくのも暑いので、下の方に追いやられている。