その101

夜中、あまり眠れない。志ん生を聴いているうちに眠りにつき、目覚め、また志ん生流しては眠りにつく。

明るくなる頃に起きる。テントをたたむ。栄養いっぱいのチョコレート菓子を食べる。「今日はもう頭痛もだるさもない。久しぶりに長い距離を歩くぞ。完全復活だ」とわたしは言う。しかし、歩き始めると石につまづいて前につんのめってばかりいる。

岩がごろごろしている道が続く。うつむきながら歩く。突然目の前の茂みから雉がばさばさっと飛び立った。尾根道に出ると太陽がまぶしい。朝から蒸し暑く、締め付けられるような空気を感じる。

この周辺の山を管理している団体の、大きな石造りの建物に着く。水道の蛇口から水を汲む。建物の中は展示室になっておりその中で涼んでいると、受付にいた女性が「トレイルを通しで歩いてる人?」と訊いてきたのでそうだと答えると、奥から冷えた甘い炭酸水を出してきてわたしたちにくれる。木の陰で休んでいた何人かのハイカーたちに、炭酸水をもらったぞと言うと、みんな一斉に立ち上がって入り口に向かって歩き出した。

もう何日間も歩き続けてきた岩ばかりの道が突然ぴたりと止んで、岩のまったくない、土ばかりの道になる。こうなると、ずっと足下を見続けることもなく、足の置き場所を慎重に選ぶこともなく、靴を壊さないように気を遣うこともなく、道の目印を見失うこともなく、岩から岩に飛び移って滑って転びそうになることもなく、実にすいすいと歩けるのである。「これはもう高速道路だ」とわたしは言う。

木陰に座り、栄養いっぱいのチョコレート菓子を食べる。これで手持ちの食糧はほとんどなくなる。

高速道路並みの道は幾度も舗装路と交差しながら森の中を抜け、だだっ広い草原に出て、その端を縫うように続く。陽にじりじりと灼かれてじっとりと汗をかく。森と草原の道を繰り返す。森に戻ると、木々のすぐ向こうは住宅の裏庭になっていて遊具やプールなどが見える。草原に出ると、淀んでいてまったく動きのない小さな沼が点々とあらわれる。青と、その他複雑な色合いの羽根を持ったとんぼが飛んでいる。

トレイルから舗装路に出てしばらく歩いたところに商店があり、その中に入る。商品はすべてスーパーマーケットの倍の値段。コーヒーをふたつ、のらさんはアイスクリーム、わたしは塩と酢の味の薄揚げじゃがいもを買う。入り口の椅子に腰掛けて休む。コーヒーは味がしない。また店に入って今日の晩飯と明日の朝食分の食糧を買う。

狭い舗装路沿いを歩く。車は路肩を歩いているわたしたちを見ても速度を落とすことなく、轟音を立てて通り過ぎていく。
畦道を歩く。見渡す限りの、草と沼の湿地帯。水は涸れ、水を含んだ泥だけが残っている。鷺が沼の中に佇んでいる。からすの鳴き声が聞こえる。風はなく、大きな雲がぽっかりと浮かんでいる。風景が止まっている。この暑さでは、何もかもがけだるくて動くのが億劫であるように見える。

森に入り、長々と続く木道を歩く。木道の下の土は湿っているようでもあり、乾いているようでもある。いまは乾季なのだ。

木道を抜けたところに発泡スチロールの箱が置いてあり、なかに入っているキャンディーバーを頂く。キャンディーバーはドライアイスで冷やされていてかちんかちんに固く、それをくわえたのらさんの舌にくっついて取れなくなる。引き剥がすと舌から血が溢れ出て、しばらくのあいだ舌にちり紙をあてる。のらさんは血のついたキャンディーバーを諦めることなく、少し柔らかくなってから全部食べた。そのとなりに水が置いてあったので、この水も少しだけ頂く。さらに山の中腹にあった廃屋の水道から水をもらう。

小屋近くのテント場にテントを立てる。スパイシーな味わいのご飯を食べる。のらさんはいま熱いものを食べると舌がびっくりするだろうから、冷ましてから食べる。生煮えの米の味。ベーグル、大麦若葉汁。ナッツとビスケットとチョコレートを混ぜた行動食の袋の中は、チョコレートが溶けてべとべとになっている。

食糧袋を熊箱にしまう。テントの中はいつまでも蒸し暑い。