その88

明るくなってから目覚める。寝袋に入ったままイヤホンをしてジェームス・ブラウンを聴く。のらさんは眠っている。

起きる。テントをたたみ、栄養いっぱいのチョコレート菓子を食べる。

歩く。なだらかな下り坂。舗装路に出る手前の川で水を汲む。顔を洗う。ベンチにクーラー箱が置いてあり、冷えた飲み物が入っている。甘い炭酸水をもらって飲む。「三ツ矢サイダーの味だ」のらさんがメモ紙を折って折り紙の鶴を作り、羽根の部分にありがとうと書いてクーラー箱に貼り付ける。

舗装路沿いにある駐車場のごみ箱に、持ち歩いていたごみを捨てる。

急坂を登り始める。汗が流れる。「三ツ矢サイダーが体から噴き出してる」とのらさん。のらさんは足に力が入らず、登るのが辛そう。前日までの疲れが取りきれていない。

急坂が終わっても小さな上り下りがつづく。両脇に草が生い茂る、細い尾根道。とげとげの蔓をもった植物がぐんぐん成長していて服に絡みつく。

それが終わると岩の道。道ではなくて、大小さまざまな岩石がただ積み重なっているだけ。誰かがトレイル上にヘリコプターから石をばら撒いてみました、というような感じ。岩石は尖っているしぐらぐらと動くので、ただでさえ傷んでいる足首と足裏に負担がかかる。

岩の道の終わりがみえない。大きな岩に腰掛けて昼飯をとる。ふたりして悪態をつく。「急登だし岩ばかりだし、ぜんぜん前に進んでる気がしない」「草や木がぼうぼうで山が荒れてるように見える。地元の人にも愛されてる感じがしないね」「山が狭いんだよな。森の中に身を置く喜びを感じられない」「車の走る音がずっと聞こえるし」

薄平パンにチーズと落花生バターを巻いて食べる。歩きはじめるとすぐに岩石道がおわり、昼食を食べるのにちょうどいい広々とした森の空間が現れた。

足元が固くしまったなだらかな道をさくさくと歩く。 両脇にはシダが生い茂っている。

舗装路に出たところの駐車場で、年配の夫婦がテーブルを出して食べ物を用意してくれている。食べ物を頂くのは、これで三日連続。この辺は近くに町がたくさんあり、車道とトレイルが交わるところが多く、人びとがトレイルに来やすい場所。

ハムと生野菜が挟まったサンドイッチ、レーズン入りクッキー、栄養いっぱいのお菓子、塩と砂糖がたっぷり入った飲み物を頂く。テーブルの上にはその他にもツナやじゃがいもや果物、燃料用のアルコールまである。ハイカーが必要なものを知っている。わたしたちが着くまでは誰も居ず夫婦は暇そうな顔をしていたが、ハイカーが続々とやって来て賑やかな雰囲気。雨がぽつりぽつりと降ってきて気温が下がる。「岩石道はこれからが始まりだよ」と旦那さんが楽しそうな顔をして言った。

しばらく歩いたところでまた舗装路、その近くに簡易小屋。ここはは四方が壁で囲われていてふつうの小屋になっており、離れにはシャワーもあり、さらに電話で宅配ピザが頼めるという。

やんでいた雨がまた降りはじめて本降りになり、またくたくたに疲れていたので、今日はここで歩くのをやめる。雨に濡れながらテントを立てる。気温が下がって体が冷え、シャワーは水しか出ない。ピザ屋は休み。小屋の中はかび臭い匂いが充満しているのでテントの中で食事。火を使えないので、薄平パンに落花生バターを塗ったもの、中にキャラメルが入ったチョコレート菓子、乾燥りんごを食べる。のらさんが靴下の先っぽを切って穴を開ける。「靴のなかが窮屈だから」と言う。今日はこの国ができた記念の日、遠くで花火が鳴る。雨が次第に強くなり、やがて雨の音しか聞こえなくなった。