その80

夜中に寝たり目覚めたりするものの、よく眠る。目覚めたときに志ん生。品川心中。

明るくなってから起きる。昨日よりもさらに長い時間眠った。テントをたたむ。栄養いっぱいのチョコレート菓子を食べる。「10時間以上寝たけどまだまだ眠れる。今はたっぷり寝て歩きすぎないようにしよう。充電期間だ」「歩きながら充電できるって素晴らしいなあ」とのらさん。

歩く。穴を掘って出す。わたしが戻ってくるとのらさんが待ちかねたような顔をしていて出しに行く。ますますふたりの体の調子が似通ってきた。

舗装路に出て、公園のなかを流れる川で顔を洗う。大きなテーブルがあり、品の良さそうなおじさんとおばさんがいて、ベンチに何枚かの大きな地図が立て掛けてある。色付き眼鏡で地図を見ると地形が立体的に見える。地図はこの辺一帯のもので、30年ほど前に火山が噴火したという。他に使いみちがないのだが、色付き眼鏡を持っていけというのでもらう。テーブルには食べ物が用意されている。彼らは教会の人たちでベジタリアン。「蕪は大好き」という。蕪が好きというのはこの国では珍しい。ごぼうは食べる?と聞くと「食べたことはない。今度東洋市場に行って探してみる」と言う。のらさんはりんごを、わたしはシリアルを少し頂く。シリアルにかけるものは牛乳ではなくて米汁というもの。パンを一切れ、甘くない炭酸水。食べ物はたくさん用意してあるから昼飯も食べて行きなさいと言われるが、わたしたちはまだ歩き始めたばかりなので、お礼を言って出発する。

急坂を登ったところに小屋があったので休む。小屋はとても清潔でまわりには花が飾ってある。誰かが掃除をしにきているのだ。のらさんがノートに「トレイルミックスが止まりません。助けてください」と書く。トレイルミックスというのは行動食のことで、のらさんはこれを食べ出すといつまでもぽりぽりと食べ続けている(わたしもだが)。わたしは「わたしの体は落花生バターで出来ています」と書く。

沢の水を汲む。しばらく歩いた後、坂の途中で休む。薄平パンに落花生バターとチーズを巻いて食べる。木の下に看板があって「がらがら蛇の数が減っています。殺したり持ち帰ったりしないでください」と書かれている。のらさんがうわあっと叫んでわたしの方にのしかかってきた。のらさんのすぐ近くにがらがら蛇がいてぢゃあぢゃあと音を出している。そのまま悠々と草むらのなかに入っていった。

小屋が出てきたのでまた休む。「わたしたちは毎日森のなかでピクニックをしています。なんてすばらしい日々でしょう」と書く。スナック菓子を食べる。小屋の横を流れる川で水を汲む。

歩いていると看板が出てきて「ちょうど半分」と書かれている。これはこのトレイルのちょうど中間地点という意味。

のらさんが丸っこくてかわいい緑色の葉っぱの、小さな緑色の実がなっている植物を見つける。「ブルーベリーではなかろうか」と言う。よく見るといたるところこの植物だらけなのである。「実が熟れたら食い放題だ。これから要観察だな」

地面の平らな、草のない一帯があったのでテントを張る。ここもブルーベリーらしき植物で囲まれている。

火をおこす。細めの枝を使った小さな焚き火。これは虫除けのため。しかし火にびっくりしたのか、足のやたらに長い蜘蛛が何匹もどこからか出てきて地を這いはじめた。風向きが変わって煙がのらさんをいぶす。

オリーブ油入り潰しじゃがいもを食べる。ツナと乾燥野菜とひじきとだしの素を混ぜ合わせた白米を食べる。オレンジを食べる。大麦若葉汁を飲む。陽が落ちて体が冷えてくる。陽が落ちて暗くなってしばらくしてから、何人かの人たちがやってきてテントを立てはじめた。すでに眠っていたのらさんが目覚めてしまう。