その75

夜中に目が覚めて寝袋に入る。暗いうちに起きる。テントをたたむ。栄養いっぱいのチョコレート菓子を食べる。

歩く。道は平坦だが岩ばかり。足下を見ながら歩く。たまに前を向いて歩くと、岩につまずく。

大きな石の上に座ってクラッカーを食べる。こぼしたクラッカーのかすを蟻が運んでいく。運びながら、彼の大きさの何十倍もある石に登る。「どうしてわざわざ登るんだろうか?」「登る必要はない。だから趣味の問題だ。我々と同じ。それにしても凄い登攀だ」「口でクラッカーをくわえてるんだから、後ろ向きに登ってるんだな」蟻は岩のてっぺんまで登りきったが、そのまま反対側にすとんと落ちた。

岩ばかりの道が終わり、下り坂。車が走る音が次第におおきくなり、車道に出る。大きな川をまたぐ大きな橋、それを越えて小さな町に入る。町というよりは、山あいの一本道沿いに数十軒の家がぽつぽつと並ぶ、集落という雰囲気。

このトレイルの管理団体の事務所がある。トレイルを歩く人は皆ここに立ち寄り、ここまでたどり着いたことを示すために写真を撮ったり名前を書き記したりする。わたしたちもそのようにする。建物の外で、薄平パンに落花生バターを塗って食べる。

わたしたちとよくすれ違うパンダさんと、彼女が連れている立派な毛皮をもった犬がいた。犬は床に寝そべっている。あまりものを食べなくて、元気がないのだと言う。そう言われてみると表情がうつろ。犬にとっても、山みちを歩き続けるのはたいへんな事なのだ。

田舎の一本道を散歩する。古くて小ぎれいな、木造の建物が立ち並んでいて、ギャラリーや食堂や宿やお土産屋になっている。観光に訪れたと思しき、こざっぱりした格好の人たちがぞろぞろと歩いている。山あいにある温泉地の雰囲気。昔たいへんな戦争があって、ここがその戦争の名所であることが、看板やギャラリーの名前から分かる。

山道具屋に行くとそこの主人が話しかけてきた。「日本を自転車で走ったことがあるよ。パンの耳をたくさん買って、海老の味がするお菓子を細かくしてマヨネーズと混ぜたのを挟んで食べていた」

アイスクリームを買って食べる。いちばん小さいサイズを頼むと、拳二つ分の大きさ。わたしの砂糖控えも終わり。少しずつ食べるならよろしいという判断。
アイスクリームを食べていると突然土砂降りの雨、また突然止んで晴れ間がのぞく。

わたしたちはテント場に泊まるつもりで、その手続きを済ませたが、そこにちょうどバンダナ君がいてまたモーテルに一緒に泊まろうという話になる。
計画は数日前からころころと変わって、結局値段の高い宿に泊まることになった。

二人が並んで寝られるほどの大きなベッドが二つ、浴槽もきちんとある部屋。わたしは疲れているので、どうせ泊まるなら宿から一歩も外に出ずにとことん体を休ませる事にする。

三人順番にシャワー。のらさんが三人の服をまとめて洗濯。コーヒーをがぶがぶ。宿のオーナーは台湾の人で、日本語を少し話す。

乾燥マカロニとチーズの粉のようなものが混ざったものを厚手の透明袋に入れ、それにお湯を注いで電子レンジにかけたものを食べる。こんなやり方で食べ物が出来てしまう。

共に旅する箱を管理団体で受け取っていた。この箱に会うのは一ヶ月ぶり、中身を見て懐かしい気分。箱の中にあったお汁粉を食べる。

風呂に湯を張って浸かる。湯がねっとりと体に絡みつく。ずぶずぶと長い間浸かっているとのらさんがドアをノックして「寝てるか沈んでるのかと思った」と言う。スマートフォンをいじっているうちに日付を越える。志ん生を聴く、黄金餅