その70

夜中、目がさめる。ずりさがっては這い上がる。熊が吠えているような音。

明るくなってから起きる。雨がすこし降っているが、テントの上の木が雨粒が落ちてくるのを防いでいてテントは濡れていない。「木は風も雨も防いでくれるからえらい」とのらさん。テントをたたんでから栄養いっぱいのチョコレート菓子を食べる。

歩く。じっとりとした空気。体がだるい、歩くにつれて軽くなる。太陽が顔を出す。眼下に雲、雲のすき間からふもとの集落が見える。

息を切らして坂道を登っている途中、中空を飛びかっている無数の黒い虫の一匹がわたしの口の中に入ってきて、飲み込む。「たんぱく源だ」とわたしは言う。熊が森のなかを走って逃げていく。

山頂付近の木陰で休む。薄平パンに落花生バターを塗ったもの、ベリー味の甘い麦粥を食べる。風が吹き、陽が陰って涼しくなる。横になって少しだけ眠る。

熊がトレイル上にいる。ストックをかんかんと打ち鳴らすと森に入ってこちらの様子を伺っている。のらさんがホイッスルを吹くと少しだけ森の奥に移動してまたこちらを見ている。熊鈴を鳴らすとまったく動じない様子。ペットボトルをべこべこさせて音を出すと、ざざざと森の奥の方に歩き出して見えなくなった。「ペットボトルが一番よろしい」とのらさんが言う。

荷物を降ろして休む。わたしはこのところ、足首とふくらはぎに疲れがたまっている。のらさんは太ももが痛いという。

国立公園の終わりを示す看板。これで車道と並行するトレイルも終わり。

岩場のみちを下る。下り坂の途中にある簡易小屋。雷が鳴っていて天気が悪そうなので、久しぶりに小屋の中で寝ることにする。木の床にマットと寝袋を敷き、山をしばらく下ったところにある岩の間からちょろちょろ湧き出る水を汲む。引き返す途中で雨が降ってきて、小屋にたどり着くと同時に土砂降りになった。雨宿りしていると、ちょうどわたしが寝ようとしているところの屋根のトタンから雨が漏っていて、ぼたぼたと勢いよく水が垂れてくる。ダクトテープとアルミテープでふさぐ。

ハイカーは皆小屋のひさしで雨を避けながらご飯をつくって食べる。わたしたちは火を使うのは諦め、薄平パンにツナと落花生バターを巻いたもの、栄養いっぱいのチョコレート菓子を食べる。雨が小降りになったところでバンダナ君が外のテーブルでご飯をつくって食べているので「こっちに来て食べなよ」と小屋から呼びかけると「いや僕はシェルターでは食べないです」と言う。小屋で食事をすると食べ物の匂いが残って熊が近づいてきてしまうから、これはバンダナ君が正しくてわたしたちが間違っているのである。わたしたちはバンダナ君はえらいと感心し、雨と風のなかでひとり食事をするバンダナ君を眺めつつ食事を済ませる。

いったん止んだ雨がまた降り出して土砂降りになり、雷の音が小屋の床を揺らす。小屋の至ることころで雨漏りがしはじめる。わたしは補修を諦め、小屋の中で傘をさして雨が止むのを待つ。小屋の中にひろげてあったマットや荷物が濡れる。「これならテントのほうがマシだったかもしれない」とわたしは言う。豪雨の中、夕焼けで空いちめんが黄金色になっている様子を小屋の中のハイカーたちが並んで眺めている。陽が暮れないうちに皆寝袋に潜り込み、雨も止んで静かになった。