その68

ふたりとも朝までぐっすり。暗いうちに起きる。テントをたたんで出発の準備。栄養いっぱいのチョコレート菓子を半分食べる。少し歩いてから残りの半分を食べる。まだ気温が低く涼しい。ゆっくり歩いて体を温める。出たばかりの陽の光を浴びる。昨日と同じく、体か、もしくは脳がふわふわな状態。

前方の山の斜面から熊が勢いよく下ってきてそのままトレイルを横切っていく。

ハイカーとすれ違うたびに熊の話になる。「昨日、小屋のまわりにたくさんいた」「今さっきそこで見た」「ほら、そこにいるよ」
ここ何日かで熊によく出くわす。出くわす場所は車道やキャンプサイトや食堂など、人気の多い場所の近く。「やっぱり食べ物の匂いが漂ってるんじゃないの」とのらさん。「食べ物の匂いは魅惑的、人は怖い、ここの熊は葛藤が激しくて生きづらいだろうな」とわたし。

車道沿いにあるレストランと売店に下りる分岐点を見逃して通り越す。食糧補給のために寄らないわけにはいかない。来た道を戻りたくはない。別の道を行くことにするが、たいへん大まわり。時間を無駄にしたような気がして、わたしはむかつく。

レストランは観光客で盛況。わたしはハムとベーコンが挟まったサンドイッチ、のらさんは豚そぼろのハンバーガー。食料品店で食糧の買い出し。野菜ジュースを飲む。お腹がいっぱい。「お腹がぽっこり出てる」とのらさんに見せると、「お腹よりもっと上が膨らんでる。いつもと違う」言われてみると確かにそうで、わたしはもともと胃下垂ぎみである。便はいつも下り気味、痩せすぎなので太ろうと思ってご飯をたくさん食べたりたんぱく質の粉末を日々飲むなどしたが一向に太らない体質。それがここ最近では毎日快便、食べたらちゃんと胃が正しい位置で膨らむのだ。「ウエストハーネスでお腹を締めてるから胃が上がったのかもしれないよ。それで腸も働きやすくなったのかも」「ザックが胃の矯正具になってるんだな。最近のお腹の膨れ具合は変だと思ってたけど、ひょっとしたら正常なのかもしれん」

舗装路沿いの来た道を戻る。大型バイクが何台か、とぼとぼと歩いているわたしたちの横を通り過ぎていく。エンジンの心地よい重低音、無線機のアンテナ、大きくてゆったりとした座席、その後ろにはいくつもの金属の荷物入れが装備されていていかにも優雅。「応接間がそのまま走ってるみたいだ」とのらさん。わたしは「われわれとは違う人種だな」と言う。言ってからあわてて「まあ、実際違う人種なんだけど」と言うとのらさんが爆笑。

水を汲みたいが水場ではちょろちょろとしか水が出ておらず汲めない。次に頼りにしていた水場は気づかないうちに通り過ぎる。これは見逃すはずはないのでおそらく干上がっていたと思われる。この1週間ほど雨が降っていない。
トレイル脇に乗馬の施設があったのでそこで水を分けてもらう。

テントを張る場所を探すが、探し始めたとたんに観光客が増え、山の斜面は急になり、岩場が現れ、熊が歩き、キャンプ禁止の看板が立てられ、そのあいだわたしたちは夕陽を浴びながらテント場を求めて黙々と歩き続ける。

登り坂の途中に平らな場所があり何人かのハイカーがテントを立てている。わたしたちもテントを立て、急いで食事をつくる。ハイカーたちはすでに寝る準備も済んでいて寛いでいる。
牛肉味のらーめんに落花生バターを入れて食べ、残り汁に米を入れて食べる。暗いなかで食糧を木に吊るす。気温が下がりはじめ、すぐに寝袋に潜り込む。