その58

夢の中で大きな雑音が響く。目覚めると、外でがさがさっと大きな音がする。木を削っているような、そんな感じの音。それからどすっどすっと歩き回る音。二足で歩いているようだが、四足と思えばそんな気もする。足音が聴こえなくなってから、志ん生を流す。妾馬。

暗いうちに起きる。夜明けとともに歩きはじめる。穴を掘ってたっぷりと出す。少しお腹が軽くなる。

急坂を登りきる。たんぱく質と、他の栄養素もたっぷり入っているというチョコレート菓子。陀羅尼助を飲む。

また急坂。山のてっぺんに航空関係の建物。
無数の黒い虫がわたしたちの周りを飛び回る。のらさんが穴を掘って出す。のらさんもたっぷり。

右肘のあたりがたんこぶのようにぶんぶんに膨れて硬まる。痒い。押す痛い。何なのか分からないが、とりあえず虫刺されの際に使う毒素を吸い出してくれる吸盤器でたんこぶの中心辺りを吸い、抗生剤を塗り込む。
その他にも、虫か草かぶれの跡のようなものが両腕にたくさんできていて、終始ぼりぼりと掻き続けているので、わたしの肌はぼろぼろになっている。

石の上に座って薄平パンにチーズを巻いて食べる。チョコレート菓子を食べる。

トレイルの両脇の草が刈ってある。このところ山の草木がどんどん元気になってきていてトレイルを圧迫しているので、刈ってあるととても歩きやすい。「これは大変な仕事」とのらさんが言う。

峠道に出て休んでいると、若い兄ちゃんが山から下りてくる。手にピーラーを巨大にしたような農具を持っているのでそれは何だと聞くと、兄ちゃんはそれをゴルフクラブのように振り回してこうやって草を刈るんだ、と言った。

また急坂を登る。汗がだらだらと流れる。てっぺんに立ち、登ったぶんだけ下る。「一歩一歩、踏み出すたびに腹がぐうぐう鳴る」とのらさん。わたしも同じ。お腹がまた働きはじめた。

この辺は熊の活動が活発だから小屋は閉鎖、キャンプをするときは気をつけろという張り紙がそこいらじゅうに貼ってある。そこでトレイル上で夕食、そのあとしばらく歩いてからテントを張ることにする。テント近くに食べ物の匂いを残さないようにするため。

小川で水を汲み、その近くで食事の準備。雨が降り、やむ。トマトと玉ねぎ入りのチーズ味のご飯、ツナ入りじゃがいも。蚊と、蚊でない虫がのらさんの足首を刺す。吸盤器で吸うと血がぴしゃっと出る。服の中にまで刺された跡がある。服の上から刺すのだ。

歩く。また登る。食事のときに乾いた服がまた汗で濡れる。テントを張る。テントから200メートルほど離れた場所に食糧袋を吊るす。

テント上部に穴が開いている。ダクトテープを貼る。わたしの道具袋からなにか匂うので見てみると、先日のモーテルから頂いてきたシャンプーが入っている。とても甘くていい匂い。これは食糧と一緒にテントから離すべきもの。ふたりで顔を見合わせて「これはまあいいか」と言ってテント内にある防臭袋の中に入れる。これでは離れた場所で食事をしたのも、遠くに食糧をぶら下げたのも、意味はない。

向こう脛にもたんこぶのような膨らみ。吸盤器で吸うと膿が出る。腕と同じように、足にも赤いぼつぼつが増えている。ぼりぼり掻き続ける。

暗くなって寝袋に入ると雨が降ってくる。雨は次第に強くなり、雷が轟く。雷のおとが地面を震わす。ずっとぴかぴか光り続けているので眩しくて眠れない。と思っているうちに眠る。