その47

夜中目覚めて眠れなくなる。志ん生を聴く。岸柳島、芝浜、風呂敷、らくだ。のらさんも目覚めていて一緒に聴く。月あかりでテント内が明るい。

起きる。まだ真っ暗、月明かりを頼りに木に掛かっている食糧袋を回収する。とうもろこし粥(梅干し入り)、栄養たっぷりのお菓子。空が赤くなり月が白くなる。

歩く。まだ寝起きの山の空気。眺めのいいところに出ると、あたり一面が雲海。雲のなかから山の頭が顔を出していて島のよう。

山の上に鉄塔が立っているところに出る。そこから電線が向こう側に見える山の、そのまた向こうの山にまで続いている。電線の下にある木は切り取られていて、逆モヒカンのように見える。

しばらく歩いて、また眺めのいいところに出る。丸い形の緑が茂った、なだらかな山並み。ブロッコリーのような山。「秋になるとブロッコリーが枯れて黄色くなってくる。冬はロマネスコになる」

さらにまた眺めのいいところに立つ。眼下には模型のような、赤い屋根の家がぽつぽつ。町が近づいている。

薄平パンに落花生バターを塗って食べる。

急な坂を下り始める。さわやかな風の吹くトレイルは徐々に深い緑に覆われてじめじめし始め、足下はまたぬかるんでくる。

舗装路に出て、舗装路に沿って歩く。車が路肩を歩いているわたしたちのすぐ脇を、凄い勢いで通り過ぎていく。舗装路に出た途端に太陽が強く照りつけてきてじっとりと汗をかく。

道路脇に家が見え、食堂が見え、やがて町になってモーテルが見えた。モーテルに入って泊まる手続きをする。すでにハイカーがビールを飲みながら喋っていて賑やかである。

部屋に入るとまず、汗と泥水でじっとりとしている衣類を脱ぎ捨て、またはザックから取り出し、それを持ってのらさんが洗濯に行く。ウールの衣類は縮んだり痛んだりするので、これまでは洗濯後に部屋にぶらさげるなどして乾かしていたが、今日はぜんぶ乾燥機に入れてしまった。もうめんどくさいからである。

中華料理を食べに行く。決まった値段で、いくらでも食べていいという方式の店。
春巻き、餃子、野菜と豚肉炒め、野菜と鶏肉を揚げてから炒めあわせたもの、きのこと鶏肉炒め、揚げいんげん、揚げじゃがいも、揚げ鶏肉、白米、焼きそば、巻き寿司。この国ではたいてい野菜は生で食べるものと決まっているらしく、どこに行ってもサラダばかり。ここで火が通っている野菜たちを見てわたしたちは喜び、ひと皿に載せきれないほどの料理をよそう。しかし、割とすぐに食べられなくなった。急激にお腹がいっぱいになったからである。火が通っているというのは大変にありがたい、しかしどの料理もあまりにも油でべったりで、ほとんど油を食べている様なものであったからだ。油が腹のなかで膨張しているようで苦しみがどんどん増す。店を出たが苦しくて歩けず、のらさんは近くの芝生で休もうと言ったが、わたしは戻ると言ってほとんどすり足で宿に戻る。わたしは今にも吐きそうで、吐くなら芝生よりトイレの方が格好悪くないと思ったからである。部屋でしばらくじっとしていると、また何か食べたくなった。

浴槽に湯を張る。浴槽を見たのは久しぶり。体を湯に浸して疲れをとるつもりが、溜まっていたのはほとんど水。調べた結果、ここの湯はしばらく出しっぱなしにしておくと水に変わることが分かる。風呂はあきらめ、シャワーを浴びて体の汚れを落とす。

スマートフォンをいじくっていると日付を越えている。部屋は明るいからいかようにも過ごせる。今日は夜更かしして明日は朝寝坊する予定。