その21

夜中、目覚めて眠れなくなる。今日は地面が斜めではないからそれが原因ということではない。志ん生の富久、中村仲蔵
 
まだ暗いうちに起きる。小雨が降っている。薄平パンと落花生バターをテントの中で食べる。日の出とともに歩き始める。雨は止んで木の葉から雫が垂れる音を聴きながら歩く。トレイル上のそこいらじゅうに蜘蛛の糸が掛かっていて、それをからめ取りながら歩く。まだ早い時間で、私たちはたぶん今日この道を歩く初めての人間だからトレイルが蜘蛛の糸だらけなのだ。わたしの顔もやがて蜘蛛の糸だらけになった。でも眼鏡をかけているから目の中に入らずに済む。

まだ朝方のうちに、町に降りる。ひとつの通りの、200メートルくらいのあいだに、商店や宿や料理店や工具店や銀行などがぜんぶ詰まっている小さな町。
 
ハイカーのために開かれた、小さな木造の建物内でコーヒーとクッキーを頂く。ここにいるハイカーは、ここまで歩き続けることができたという安心感とちょっとした余裕が生まれて、みな良い表情をしている。日時計君と、ドイツから来た2人組のセバスチャン君とロバート君との再会。セバスチャン君は前回会った時かかとを痛めてペースが遅れがちになっていたから、ここで会えて嬉しい。
 
食料品店で4日分の食糧と、洗濯ものを干すための洗濯ばさみを買う。工具店で壊れた傘の補強するための釘のようなものを買う。山道具店でゲイターという、靴のなかに木っ端や土が入り込まないようにする靴下のようなものを買う。ゲイターを持ってレジ前に並んでいたら、後ろに並んだふたりのハイカーもまったく同じものを手に持っていた。
 
レストランに入る。腹を減らしたハイカーのための満腹バーガーというのがあったので、それを注文する。ほどよく満腹になるが、まだまだ胃には余裕がある。
 
洗濯店で洗濯機を回し、宿のベランダで乾かす。シャワーで体の汚れと汗を落とす。
 
今日泊まるのは古民家を宿にしたところ。170年前に建てられた建物。家具もすべて古いものである。夕食は居間でみんなで食べる。宿の主人とスタッフ、それとハイカーのぜんぶで8人が食卓につく。どことなく厳かな雰囲気がある。順番に自己紹介をし、歓談しながら食事をする。私たちもたどたどしく会話に加わる。メニューはアメリカ南部の野菜料理。スープとサラダ、そのあとごはんに野菜カレーのようなものをかけて食べる。このカレーは(たぶん)小麦粉を丁寧に炒めたものをもとに、いく種類もの香辛料と野菜を入れて煮込んだ素晴らしい味の料理で、ほとんど胃に収まりきらないほどの量を食べてしまう。隣にいるのらさんもとても苦しそうで、その後にでたレモンのケーキを半分残している。
 
ふたりで夜の町をそろりろそりと散歩をする。酒場から流れる生演奏の音楽を風にあたりながら聞いていたらげっぷが出て、少し胃が落ち着いた。