その18

夜中目が覚めて寝付けなくなる。そのまま2、3時間が経って一瞬眠りかかったが、人と喧嘩をする夢を見てのらさんの顎に拳を食らわせる(わたしは夢を見ながら暴れる癖がある)。のらさんは「いたいっ」と言った後すぐ寝てしまったが、わたしはまた眠れなくなってしまう。明け方近くになって志ん生を聴く。あくび指南、妾馬。妾馬の途中で眠る。
 
陽が明けかかっている頃に起きる。栄養たっぷりのクッキーととうもろこし粥を食べる。
 
水を汲む。たっぷり飲む。顔を洗う。便所で出す。
 
ゆっくりと歩く。みちが岩と石ころばかりで歩きにくい。下り坂が続く。靴の中に木っ端が入り、靴下に刺さる。たびたび靴を脱いで掃除をする。
 
今日はふたりとも小便が近い。1時間も歩かないうちに漏れそうなところまで達する。水をたっぷり体内に取り込み、出すべきものを出しながら歩く。
 
休憩して薄平パンと落花生バターを食べる。またしばらく歩き、赤飯と五目ごはんを食べる。
 
道標の下に紙が置いてあって、つい最近この辺でハイカーが熊に襲われたから注意しろと書いてある。通りかかったハイカーが1時間前にそこで熊が出たらしいよと教えてくれる。トレイル上には黒くて大きい糞がたくさんあって避けて歩くのが大変である。熊もトレイルを歩くのだ。
ふたりで「森のくまさん」を歌いながら歩く。しかしどこかで歌詞が抜けているようで物語がうまくつながらない。のらさんが「うさぎと亀」を物語ってくれる。わたしは「マリリンモロンロー・ノーリターン」を大声で歌う。
 
夕方近くになって「そろそろ熊の本格的な活動時間だぞ」という話しになったが歌うのは疲れるので志ん生を流しながら歩く。後生うなぎ、へっつい幽霊、たぬさい、天狗裁き、親子酒。
石ころと岩ばかりの歩きにくい下り坂が続く。どちらかというと落語を聴くほうに意識が向いていて、歩く方は惰性になっている。
 
簡易小屋に着く。ふつう簡易小屋は一面が解放されているかビニールシートに覆われているが、ここは金網で塞がれている。もともと熊が多い区域であるらしい。
 
小屋の横で潰したじゃがいもとメキシコ味のご飯を食べる。私たちのあとに着いたハイカーがついさっき熊が山を駆け登るところを見たといった。